書評
『徳川家康』(吉川弘文館)
人気武将の実像、明らかに
明智光秀が主人公のNHK大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」の視聴率が好発進したように、戦国時代は世の関心が高いようだ。特に、天下人となった徳川家康は人気のある戦国武将の代表であろう。彼を主人公とする小説、ドラマ、映画は数多く制作されてきた。しかも、それらは、ともすれば家康を英雄として描いてきた。他方、生身の家康像については、必ずしも明らかにされてきたとは言いがたい。というのも、天下人となった家康に関わる史料が膨大であることが、その最大のネックであった。
しかしながら、日本史学研究の成果により、ようやく家康に関わる史料を活字史料として容易に通覧できるようになった。4200点もの膨大な一次史料、すなわち同時代の手紙や所領授与の史料などが簡単に見られるようになり、ようやく家康の実像に迫ることが可能となった。そうした状況下で上梓(じょうし)されたのが本書で、著者の藤井讓治氏は京都大名誉教授で戦国時代研究の大家である。
家康は江戸幕府の創始者として、江戸時代には神君とされ、長く英雄史観で描かれてきた。本書では主に一次史料を使って史上の家康に迫ろうとしている。その結果、多くの基礎的な事実が明らかにされた。
たとえば、いつ「家康」と名乗り出したのかということも。1563(永禄6)年6月6日までは「元康」と名乗っていたが、同年10月24日までの間に、「家康」と改名したことが確認された。また、信長と家康の関係も、74(天正2)年10月24日ごろには、対等関係から臣従化へ変化していったことを明らかにしている。この他、多くの基本的な家康の行動事実が確認されており、興味深い。
ただ、史料的制約もあり、本書が明らかにできたものは政治の場での家康像で、一次史料だけでは、人間としての家康に肉薄することが困難であることがより明確になったともいえる。しかしながら、本書によって、家康に関わる基礎的な事実が明らかになったことは非常に重要で、戦国時代研究の基本書と評価できよう。
[書き手] 松尾 剛次(まつお けんじ・山形大学名誉教授)
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