ポルノ映画の歴史は映画の歴史。ついに登場した辞書的基礎文献
ポルノ映画のグラフィカル・デザイン、あるいはアンダーヘアの処理具合から時代の変化を読み解く
この本に(出てくる人たちに)世話になったことのない人はいないだろう。そういう意味ではまさに万人の座右の銘となるべき本の登場である。『ポルノ・ムービーの映像美学』はポルノ映画の歴史の研究書である。だが、もちろんポルノは映画のはじまりからあった。世界初のヌード映画はメリエスの「舞踏会のあとの入浴」だとされている。映画が誕生したときにすでにポルノはあったのだ。だからポルノ映画の歴史は映画の歴史なのであり、およそ映画ファンとしてこの世界にひっかかりを持たぬ人間はいないのである。17章に分けられた本書では、おおまかにいってふたつの流れが語られる。ひとつはハリウッドを中心とする表側、オーヴァーグラウンドの性表現史。そこではアメリカの道徳がいかに性表現を規制しようとし、それに対して映画人たちがさまざまに扇情的な表現を織りこんでいったかが語られる。もうひとつはアンダーグラウンドの性表現。つまりスタッグ・フィルム、ブルー・ムーヴィーと呼ばれる非合法の地下セックス映画である。映画誕生から続いてきたこのふたつの流れは、やがて1972年に『ディープ・スロート』の公開によりついにひとつになる。ハードコア・ポルノが堂々と語られる時代が来たのである。そしてアメリカン・ポルノの黄金時代がやってくる。
きら星のごとき名前が並ぶ80年代から90年代にかけてのアメリカン・ポルノ黄金時代。ヴェロニカ・ハート、ジンジャー・リン、アネット・ヘヴン、それにもちろんトレーシー・ローズといった股間を彩るスターたち。あるいは、ラドリー・メツガーやアレックス・デレンシーといった異彩をはなつ監督たち。そうした優れたメンバーたちによって奏でられた映像表現とはいかなるものだったのかが語られていく。著者はポルノ映画のグラフィカル・デザインの歴史、あるいは女優たちのアンダーヘアの処理具合から時代の変化を読み解いていく。アメリカン・ポルノ黄金時代の華やかなグラフィック・デザイン(有名アーティストが匿名で製作しているものも)は、ぜひカラーで見たかった。
やがて天才アンドリュー・ブレイクが『ナイト・トリップス』(89年)でアメリカン・ポルノの美学を一変させる。著者は女優たちの陰毛処理をはじめとする「アーティフィシャルな洗練」がたどりついた場所こそがブレイクの映像美学なのだと主張する。ヘルムート・ニュートンにも影響を受けたブレイクは、まるでPVのように洗練された映像の中で、クールに絡みあう女性たちを描いた。生々しさではなく脱臭された洗練を追求するブレイクはアメリカン・ポルノのひとつの極地となる。
個人的には、初期のスタグ・フィルムの歴史がきわめて興味深かった。技術の進歩、映画の小型化と手を携えて進化したスタグ・フィルムだが、当然完全に非合法なものなので、多くは変名で作られており、詳しい資料は残っていない。したがってなかなか点と点が結ばれる記述にはならないのだが、最初期のセックス映画のかたちを知ることができるのはうれしい。多くの映画は、オーヴァーグラウンドな映画製作経験者が変名でかかわっているのだとされる。オーヴァーグラウンドのエロチック映画と、アンダーグラウンドのポルノのかかわり合いは興味深いところである。たとえば本書でもとりあげられているドリス・ウィッシュマンや、『スナッフ/SNUFF』(76年)のロバータ・フィンドレイらソフトコア・ポルノの作り手は初期ハードコア・ポルノにも手を染めているし、アベル・フェラーラの最初期の映画はハードコアである。そんな複雑なオーヴァーグラウンドとアンダーグラウンドの関係を読み込んでいきたくなる。
ちなみにブレイク以降、21世紀に入ってからのポルノについても多くの紙幅が裂かれ、その充実ぶりが論じられている。惜しむらくは(こればかり言っているが)索引がついていないことで、こんな辞書的な、まさに基礎文献となるべき本だけに、そこは省略しないでほしかったものである。なお、文中では筆者も何カ所かお叱りをいただいており、伏して反省したいと思う。