書評
『決定版 鬼平犯科帳』(文藝春秋)
まわし読み
私の母は昭和四年生れの浅草育ちで大の池波正太郎ファンである。池波さんの方は大正十二年の浅草聖天町生れ、株屋につとめたり、横須賀の海兵団に入ったり、戦後は都の職員と転々とした。同じ下町生れ、養女に出され、空襲で観音様のあたりを逃げまどった転々を、母は重ねてみるのだろう。手先と神経をつかう歯科医という仕事がら、寝るまえにゆったりと池波さんの時代小説を読むのが楽しみだという。「なにしろ勧善懲悪でスカッとするし、新国劇の座付作者だった人だからどことっても絵になるしね。歯医者仲間でも読んでる人多いわよ」
というわけで、『仕掛人・藤枝梅安』も『剣客商売』も『鬼平犯科帳』も先に母が読んで、私のところに回ってくる頃には、ありがたいことに、谷中、根津、千駄木、上野、本郷が出てくるところに付箋が付いている。
私は『鬼平犯科帳』がやっぱり面白い。小房の粂八(くめはち)とか野槌(のづち)の弥平とか雨乞いの庄右衛門とかゆかいな名前の泥棒、いや盗賊がカッコいい。
「小石川の春日町に長崎屋勘兵衛という薬種問屋がある」。のっけの一行でもう物語にはまりこんでしまう。質や、蕎麦や、煎餅やという表記もいいし、白魚と湯どうふの小鍋じたてとか田螺(たにし)とわけぎのぬたで熱い酒をちびり、なんてあっさりしたものが、じつにおいしそうだ。
池波さんは幻の江戸を描く。たとえば谷中の天王寺の門前にあった岡場所いろは茶屋についての資料は少ないが、
「ふかい木立と寺々の甍(いらか)に埋もれた土地(ところ)の遊所だけに「一度、いろは茶屋へ足をふみこんだら、足がぬける前に腰がぬけてしまう」のだそうな」
と書かれれば、いまやしずまった谷中墓地の入口あたりに、昼遊び一朱、四十八軒の遊女屋が軒を並べる様子が眼に浮ぶ。
池の端仲町(なかちょう)という町がある。不忍池のほとり、参勤交代の侍が母や妹にせがまれて、櫛やかんざしを買って賑わった通りだ。いまも薬の宝丹や紐の道明など老舗も残るが、すっかりフーゾク産業に侵蝕され、そちらが商店街の主導権を握るようになったのか、「仲町」なんてどこにでもありそうな名前はやめて「ピエロ・ストリート」に改称するという計画がもち上がった。
冗談ではない。仲町ったってほかの仲町とはわけがちがうんだ。私は町の人びととこの計画に反対したが、役立ったのは『鬼平』である。
「これは近頃、池の端・仲町の浪花やで売り出しました白梅香という髪あぶらなのでございます」(「暗剣白梅香」)、「池の端仲町の小間物屋日野屋文吉方へ、またも葵小僧が出現した」(「妖怪葵小僧」)、「池之端仲町といえば、小ぢんまりした店構えながら一流の高級品をあつかう商舗がならんでおり、煙管の紀伊国屋もその一つだ」(「殺しの波紋」)
枚挙にいとまがない。おかげで、池の端仲町がいかにユニークな由緒ある町か立証でき、妙な改称計画は挫折した。
上野界隈は池波正太郎のホームグラウンドである。なにしろ「鈴本」で、名人桂文楽に「よかちょろ、演って」と注文して「子どものくせに、そんなませたことをいっちゃあいけません」とたしなめられたくらいだから。
戦後、不忍池を埋め立てて野球場にする計画を怒ってた池波さんは、いま不忍池の下に大駐車場を造る計画があるときいたらどんな顔をするだろう(ALLREVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1998年頃)。「ああ、早く亡くなって残念だね」という母の言葉がしみじみと浸(し)む。
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