書評
『カネが邪魔でしょうがない 明治大正・成金列伝』(新潮社)
可笑しくて哀しい男たち
紀田順一郎さんの文章は、いつもすみずみまで明晰である。いわゆる博覧強記、新鮮な視点から切り取ったさまざまの事柄を、事実の綿密な調査にもとづいて、それも読みやすく、かつ面白く書いてくれるので、ああ愉快愉快と思いながらついつい最後まで巻を置くあたわずということになる。現代書き手は浜の真砂ほどもたくさんいるなかで、紀田さんほどに、面白く歴史の世界に連れていってくれる人はきわめて稀有である。その紀田さんが、こんどは明治の成金伝を書いた。
『カネが邪魔でしょうがない』という人を食った題名の本で、おやおやなんだろうと思いつつ巻をくつろげてしまう。
すると、ここには、鹿島清兵衛、鈴木久五郎、大倉喜八郎、岩谷松平、雨宮敬次郎、そのほか何人かの明治の成金たちの、豪壮なあるいは悲壮な、あるいは滑稽な蓄財と散財の種々相が描きとられている。いわば、明治版の『日本永代蔵』とでもいおうか、しかし、それが明治という不定形の、発展途上の青年国家のなかで、まだいくらも濡れ手で粟のチャンスがあった時代の空気をよく反映しているように読める。
どの成金もとりどりに面白いけれど、なかでもやはりもっとも奇矯にして愛すべきは、天狗煙草の商標と、「国益の親玉」というキャッチフレーズで一世を風靡した岩谷松平の一代記かもしれない。岩谷は銀座に間口三十間という途方もない大きさの、赤塗り二階建ての店を構え、そこに妻子の他に二十人の愛人を同居せしめて、それがこぞってこの店を運営していたというのだから驚く。その結果岩谷の実子は無慮五十三人に及び、さらに血縁のない養子も何人も養ってすべてを全く平等に扱ったというのだから、唖然としつつちょっと感心もする。
ともかく成金というと良からぬイメージばかりが強いが、この本を読むと結構みな大まじめで、彼らなりに身を処し、お国の為をも思っていたということが分かる。それを紀田さんは、温かい目線と文章で描き出されている。そこがまた読後感の快いところなのである。
初出メディア

スミセイベストブック 2006年1月号
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