信長にひろいあげられた黒人侍
この本を手に取った皆様は、弥助という人物のことをご存じだろうか。辞書的な説明をすれば、アフリカのモザンビーク生まれで、戦国時代後期の日本にヨーロッパ人キリスト教宣教師の奴隷としてやってきた黒人男性で、日本平定間近の織田信長(1534~82)にひろいあげられた人物ということになる。
太田牛一という信長の家臣が信長の一生を描いた著作『信長公記』では、弥助は「黒坊主」などと呼ばれていたとあり、別の史料によれば、身長は六尺(180センチメートル)を越えていたらしい。
そして、信長によってどうやら侍に取り立てられていたようである。
いずれも断片的で不十分な情報であるが、弥助が存在していたことは事実で、おそらく日本の史実で確認できる黒人の正規の侍は彼のみだろう。
白人の侍的存在であれば、近年テレビゲームの主人公になったことで再び脚光をあびている三浦按針ことイギリス人のウィリアム・アダムス(1564~1620)らがいるが、信長に仕えた弥助は徳川家康に仕えた按針よりも早い事例となる。
本書は、その心躍る経歴を持ちながらも不明な点が多く、おそらくこの先も新たな事実の発見など期待できないだろうその弥助を主人公にしている。
当初は娯楽小説として目一杯創作に振り切るかとも思ったが、折角実在の人物なのだから荒唐無稽な話にするのはもったいなくも思い、極力史実ベースで物語を創作することにした。
だから最初の主人――厳密には最初かどうかは分からないが――でイタリア人のアレッサンドロ・ヴァリニャーノや次の主人信長、信長の家臣の明智光秀や羽柴秀吉、そして信長の盟友、徳川家康を登場させたが、彼らの言動はフィクションなりに史実に沿ったものにするよう心掛けた。
ただ、極力史実に沿うといっても、スペインとかアフリカのモザンビークなどの地名や人名を完全に同時代のものにする―他には例えば、織田信長の弟の信行を正しく信勝と呼ぶとか、信長の次男の信雄を北畠信意と呼ぶとか、三男の信孝を神戸信孝と呼ぶとか―と煩雑で読者の興を削ぐかと思ったので、それはやめることにした。
そして当時の話し言葉も現代人がイメージするものに、方言も用いないことにした。だから、例えば信長には尾張なまりではなく、現在のテレビや映画の時代劇で用いられている〝標準語的時代劇語〟をしゃべってもらっている。
そうしたことで歴史上でも著名な人物についてはなるべく史実にもとづく言動をさせているが、弥助の言動や性格についてはほぼ推測といっていい。
だからこの小説を手に取ってみた皆様におかれては、ありえたかもしれない弥助の半生を楽しむといったスタンスでお読みいただければ幸いである。
[書き手]浅倉徹(日本史研究者として別名義で著書がある。大学で講義を行なうかたわら、日本全国の史跡を取材。戦国時代や江戸時代の侍の歴史に関心がある)