疫病を乗り越えた人類の歴史
わたしたちは抗生物質もワクチンも利用できる幸運な時代に生きている。医学の進歩によって、日本人の平均寿命は男女ともに80歳を超えた。だが、人類は長い歴史を通じて、予防法も治療法もわからない、大勢の健康な若者の命を奪う疫病に苦しめられてきた。
過去の勇敢で賢明な人々がそれと闘ってきた結果いまがあるが、エイズが発生したのはほんの数十年前のことだし、20世紀に猛威を振るったスペインかぜや嗜眠性脳炎の治療法もまだ見つかっていない。
今後また新たな恐ろしい病気が流行する可能性は常にあり、疫病は決して過去のものではない。
疫病が発生したとき、それにどう対処するかでその後の展開が大きく変わる。
医師や科学者、政治家の役割は重要だが、わたしたち一般市民も恐怖や偏見にとらわれずに、冷静な行動を取らなければならない。
本書の著者は、過去に世界を脅かした12の疫病(アントニヌスの疫病、腺ペスト、ダンシングマニア、天然痘、梅毒、結核、コレラ、ハンセン病、腸チフス、スペインかぜ、嗜眠性脳炎、ポリオ)と、誤った治療法(ロボトミー)を取り上げた。
そして、間違った対処法によって余計に死者の数を増やしただけの人々や、疫病を撲滅し、患者の苦しみをやわらげるために無私無欲で闘った英雄の姿を描いている。
14世紀にヨーロッパで腺ペストが流行したとき、人々はユダヤ人が井戸に毒を盛ったせいだという誤った認識によってユダヤ人を虐殺した。
ストラスブールでダンシングマニアが発生したときは、地域社会の人々が力を合わせて病気を治癒する方法を考案した。
梅毒患者が社会ののけ者とされた時代に、鼻なしの会と呼ばれる互助会を設立した人物がいた。悪臭によって病気が発生するという瘴気説を覆し、コレラの原因を突きとめることができたのは、ジョン・スノウによる根気強い調査研究のおかげだ。
ダミアン神父は島に隔離されていたハンセン病患者たちとともに暮らす道を選び、彼らに生きがいを与えた。
第一次世界大戦中にスペインかぜが発生したとき、国家の隠蔽工作によって流行が拡大した。ポリオを撲滅できたのは、ルーズベルトの導き、ジョナス・ソークの献身、そして国民のボランティア精神の賜物である。
本書に登場する英雄たちは、病気を無視したり、病人を侮辱したりせず、勇敢に立ち向かった。
過去に病気とどのようにして闘ったかを知ることが未来に役立つ。
何より、病人を悪者扱いせず、病人と病気を切り離して考え、病気を全人類の敵と見なすことが大切だと著者は言う。
わたしたちは乗りきった病気の存在を忘れ、予防接種もおろそかにし、疫病に対してますます脆弱になっているかもしれない。本書は過去から教訓を学び、二度と同じ過ちを繰り返さないための大きな助けとなるだろう。
[書き手]鈴木涼子(翻訳家)