掌の中におさまるくらいの真鍮製の小さな箱のオブジェがあって、そこに取りつけられたアイピースで中を覗き込むと嘘みたいに本物そっくりの部屋が出現する。
写真に見るように、まるで現実のようだ。もちろん箱の中に「写真」を貼りつけてある、というようなチャチなものではない。椅子も机も、時計も双眼鏡も、パイプも燭台も爪の上に乗るくらい極小に精緻に作られて、そこに置かれてあるのだという。
こんな作品に出会ってしまったら、巖谷國士(いわやくにお)さんが「少年の幻想旅行譚」を書き下ろし、写真とともに一冊の本にしたくなるのもうなずける。
そして、まさに一冊の本として、この本はこのオブジェで体験できたその世界に拮抗する不思議さ、懐かしさを獲得したと思う。(しかし、それにしても私は、実際にこれを覗いてみたい)
双眼鏡を逆さに目にあてて遠ざかった日常を目にした時のあの奇妙さ、壺の中にもうひとつの宇宙があるという話の不思議な説得力。
桑原弘明氏の装置の素晴らしさはアイデアやコンセプトではない。本物そっくりの、ありもしない世界を作り出すその技術の情熱と、視覚の情熱である。どうしても見たいから作れた作品だと思う。
【旧版:パロル舎】