作者のたむらしげる氏はイラストレーター、絵本作家、マンガ家で映像作家。
それぞれの分野で、つねに完成度の高い一流の仕事を残している。本書『モービー・ディック航海記』は、児童向けの絵本のスタイルでつくられているけれども、文章も絵もいわゆる児童書風の遠慮会釈が一切されていない。
主人公は七十二歳の老人。いわばその七十二歳の老人がコドモの頃に読んだ絵本を、七十二年分の知性で読み返しているような絵本である。
奇想天外で荒唐無稽な、楽しい絵本世界の話法で、しかし楽しいだけでない「人生」を知り尽くしてしまった老人のための絵本。
しかし、それはおそらく、コドモにとっても、すばらしい絵本であるのだ。
コドモにはむずかしい、オトナ向けの言い回し、というのはたしかにある。
それから、コドモには味わえない、オトナっぽい絵の味わい、というものもたしかにある。しかしコドモは、スグにはわからなくても、深いところでそれを受けとめる。
作者は、上品で美しく、可愛い、いつものたむらしげるスタイルにビターなオトナの味わいを含ませて、新しい色彩とマチエールの、すばらしい作品世界を創りだした。