書評
『壜の中の手記』(角川書店)
毎年、数えきれないほどの小説が生まれている。そして、数えきれないほどの作品が絶版の憂き目にあい、大勢の作家が忘れ去られてゆく。出版社の倉庫にも、書店の棚にもスペースの限界はあるのだから、仕方ないといえば仕方ないのだけれど、でも――。つまんないんである。残念なんである。簡単に忘れちゃいたくないんである。
そんな知新ばかりを尊んで、温故を疎かにしがちな気ぜわしい現代にあって、たまぁにだけど、正義の味方メキキスト(目利きの人の意ね)が現われ、小説バカに“再評価”という救いの手を差し伸べてくれる。翻訳家にしてアンソロジストの西崎憲氏も、そんな正義の味方の一人だ。たとえば、氏が編んだ〈英国短篇小説の愉しみ〉シリーズ(筑摩書房)。センスと目配りのよさが光る、再評価と再発見の歓びに満ちたアンソロジーなのだから、未読の方を哀れまずにはいられない。
だからね、もう、読んでりゃいいの。メキキストが気合いで差し出してくれる小説を、発止と受け止めりゃいいの。声に出したり、三色ボールペンなんか引いてる余裕もないまま、ただひたすら読書の愉悦に打ち震え、ページ繰ってりゃいいんですよ、わたしら小説バカは。というわけで、ジェラルド・カーシュ。西崎氏が素晴らしい解説と共に紹介する、この日本ではほとんど未知の作家の傑作短篇集『壜の中の手記』も、だから、四の五の言わず読めばいいんである。もう、ぜぇーったい愉しめること請け合いなんだから。ホントなんだから。
たとえば表題作。『悪魔の辞典』で知られる作家アンブローズ・ビアスの失踪というアメリカ文学史上有名な謎を題材に、カーシュがどれほど不気味かつ意表を突くファンタジーを作り上げていることか。冒頭に置かれた「豚の島の女王」がもたらす悲しみも忘れがたい。無人島に流れついたサーカス団のフリークス四人を襲う、これが人間の業なのかと嘆かずにはいられない悲劇を、毅然と美しい人間が迎えるにはふさわしくない最期を、思いやり深い端正な語り口で描いた、まさに珠玉の一編なのだ。かと思えば「死こそわが同志」には、気分が悪くなるほどグロテスクな想像力も横溢している。武器を売り歩くことで世界の王となった男が、地下に作り出した死の都市。そこで行われている研究の狂気とおぞましさといったら……ぐえぇ~っ! 残酷を極めた果てにはヒステリックな哄笑が響き渡っていることを伝える、暗黒文学の小さな傑作なのだ。
ミステリー、ファンタジー、SF、ユーモア小説、怪奇小説、様々な作風を備えた天才作家の実相を垣間見せてくれるこの短篇集は、必ずや日本におけるカーシュ再評価の先鞭をつけてくれるに違いない。これをきっかけに未紹介作品が次々と訳されますように。だから、読んで。ていうより、買って。お願い。
【単行本】
そんな知新ばかりを尊んで、温故を疎かにしがちな気ぜわしい現代にあって、たまぁにだけど、正義の味方メキキスト(目利きの人の意ね)が現われ、小説バカに“再評価”という救いの手を差し伸べてくれる。翻訳家にしてアンソロジストの西崎憲氏も、そんな正義の味方の一人だ。たとえば、氏が編んだ〈英国短篇小説の愉しみ〉シリーズ(筑摩書房)。センスと目配りのよさが光る、再評価と再発見の歓びに満ちたアンソロジーなのだから、未読の方を哀れまずにはいられない。
だからね、もう、読んでりゃいいの。メキキストが気合いで差し出してくれる小説を、発止と受け止めりゃいいの。声に出したり、三色ボールペンなんか引いてる余裕もないまま、ただひたすら読書の愉悦に打ち震え、ページ繰ってりゃいいんですよ、わたしら小説バカは。というわけで、ジェラルド・カーシュ。西崎氏が素晴らしい解説と共に紹介する、この日本ではほとんど未知の作家の傑作短篇集『壜の中の手記』も、だから、四の五の言わず読めばいいんである。もう、ぜぇーったい愉しめること請け合いなんだから。ホントなんだから。
たとえば表題作。『悪魔の辞典』で知られる作家アンブローズ・ビアスの失踪というアメリカ文学史上有名な謎を題材に、カーシュがどれほど不気味かつ意表を突くファンタジーを作り上げていることか。冒頭に置かれた「豚の島の女王」がもたらす悲しみも忘れがたい。無人島に流れついたサーカス団のフリークス四人を襲う、これが人間の業なのかと嘆かずにはいられない悲劇を、毅然と美しい人間が迎えるにはふさわしくない最期を、思いやり深い端正な語り口で描いた、まさに珠玉の一編なのだ。かと思えば「死こそわが同志」には、気分が悪くなるほどグロテスクな想像力も横溢している。武器を売り歩くことで世界の王となった男が、地下に作り出した死の都市。そこで行われている研究の狂気とおぞましさといったら……ぐえぇ~っ! 残酷を極めた果てにはヒステリックな哄笑が響き渡っていることを伝える、暗黒文学の小さな傑作なのだ。
ミステリー、ファンタジー、SF、ユーモア小説、怪奇小説、様々な作風を備えた天才作家の実相を垣間見せてくれるこの短篇集は、必ずや日本におけるカーシュ再評価の先鞭をつけてくれるに違いない。これをきっかけに未紹介作品が次々と訳されますように。だから、読んで。ていうより、買って。お願い。
【単行本】
初出メディア

ダカーポ(終刊) 2002年8月21日号
ALL REVIEWSをフォローする





































