書評
『ドン・リゴベルトの手帖』(中央公論新社)
妻を亡くした資産家リゴベルトの後添えに入ったルクレシアが、年端もいかない義理の息子アルフォンソと肉体関係を持ってしまう。ラテンアメリカを代表する作家バルガス=リョサの『継母礼賛』(福武書店)は、ギリシャ悲劇の昔からある母子姦通の主題を現代に蘇らせ、性を常識や卑俗や隷属のくびきから解き放つ、中篇ながらも作家の意欲を感じさせ力強い作品だった。それから約十年を経て書かれた『官能の夢』は、その後日譚にあたる。
アルフォンソが二人の関係を父親に明かしてしまったせいで、リゴベルトとの別居生活を余儀なくされているルクレシア。その彼女の元に裏切り者のアルフォンソがのこのこ訪ねてきて仲直りを迫る――というシーンから始まるこの物語は、各章が①ルクレシアとアルフォンソのやりとり、②リゴベルトが記す書簡風の覚え書き、③リゴベルトの性的妄想、④短い手紙、から構成されており、その対位法的テクニックが効いている。①天使と悪魔双方の貌(かお)を持つアルファン・テリブルの魅力並びに物語の筋、②セックスから政治、芸術まで、この世界を構成するすべての事象において個の自由に規範を求めるリゴベルトの思索を通した知的遊戯、③リゴベルトのルクレシアに対する妄想が生み出す幻想的なエロティシズムの極致、④誰が何の目的で書いているのか判然としない手紙に仕掛けられた罠。各章の各パート、それぞれに読み応えがあり、性三位一体ともいうべき“幸福”な家族像を通してセックスを聖なる独創の高みへと押し上げる、五感すべてに刺激を与えてやまない小説なのだ。
動物を加えたセックスやスワッピング、放尿、レズビアン、フェティシズム等々、性行為博覧会とでも呼びたくなるほどヴァリエーション豊かな快楽が美しいイメージで綴られる③のパートは、それ自体短篇小説として成立するほどハイレベル。が、個人的にもっとも楽しんだのは②のパートだ。頑迷なフェミニストにはフェミニズムそのものが人間の自由を抑圧する思想であると説き、健全な精神を標榜するスポーツマンの頭の悪さや非創造性を糾弾し、世に存在するすべての集団の偽善を暴き、隣家の女性の裸を窃視して捕まった脇毛フェチ男の偏愛症ぶりを讃え、「プレイボーイ」のごとき安っぽいポルノ雑誌を一刀両断にする。リゴベルトの決めつけ激しい知的毒舌の痛快さといったら! こういうキレもあれば芸もある評論には、滅多にお目にかかれるものではない。そして、自身をエゴン・シーレの生まれ変わりに見立てる邪悪な聖少年アルフォンソのキャラクターがまた素晴らしいこと。すべての少年フェチの皆さんに自信をもってお薦めできる上玉なのだ。
妄想なきところに創造なし。わたしは常々、セックスレス症候群の原因には、映像しか摂取できない若者の想像力欠如化傾向も関係しているのではないかと怪しんでいるのだが、妄想が最上のエロティシズムを生み出すことを証明した『官能の夢』を読んで、その意を強くしたところなのである。
【単行本】
【この書評が収録されている書籍】
 
 アルフォンソが二人の関係を父親に明かしてしまったせいで、リゴベルトとの別居生活を余儀なくされているルクレシア。その彼女の元に裏切り者のアルフォンソがのこのこ訪ねてきて仲直りを迫る――というシーンから始まるこの物語は、各章が①ルクレシアとアルフォンソのやりとり、②リゴベルトが記す書簡風の覚え書き、③リゴベルトの性的妄想、④短い手紙、から構成されており、その対位法的テクニックが効いている。①天使と悪魔双方の貌(かお)を持つアルファン・テリブルの魅力並びに物語の筋、②セックスから政治、芸術まで、この世界を構成するすべての事象において個の自由に規範を求めるリゴベルトの思索を通した知的遊戯、③リゴベルトのルクレシアに対する妄想が生み出す幻想的なエロティシズムの極致、④誰が何の目的で書いているのか判然としない手紙に仕掛けられた罠。各章の各パート、それぞれに読み応えがあり、性三位一体ともいうべき“幸福”な家族像を通してセックスを聖なる独創の高みへと押し上げる、五感すべてに刺激を与えてやまない小説なのだ。
動物を加えたセックスやスワッピング、放尿、レズビアン、フェティシズム等々、性行為博覧会とでも呼びたくなるほどヴァリエーション豊かな快楽が美しいイメージで綴られる③のパートは、それ自体短篇小説として成立するほどハイレベル。が、個人的にもっとも楽しんだのは②のパートだ。頑迷なフェミニストにはフェミニズムそのものが人間の自由を抑圧する思想であると説き、健全な精神を標榜するスポーツマンの頭の悪さや非創造性を糾弾し、世に存在するすべての集団の偽善を暴き、隣家の女性の裸を窃視して捕まった脇毛フェチ男の偏愛症ぶりを讃え、「プレイボーイ」のごとき安っぽいポルノ雑誌を一刀両断にする。リゴベルトの決めつけ激しい知的毒舌の痛快さといったら! こういうキレもあれば芸もある評論には、滅多にお目にかかれるものではない。そして、自身をエゴン・シーレの生まれ変わりに見立てる邪悪な聖少年アルフォンソのキャラクターがまた素晴らしいこと。すべての少年フェチの皆さんに自信をもってお薦めできる上玉なのだ。
妄想なきところに創造なし。わたしは常々、セックスレス症候群の原因には、映像しか摂取できない若者の想像力欠如化傾向も関係しているのではないかと怪しんでいるのだが、妄想が最上のエロティシズムを生み出すことを証明した『官能の夢』を読んで、その意を強くしたところなのである。
【単行本】
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初出メディア

マグレター(終刊) 2001年2月号
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