書評

『人とことば: 人物叢書別冊』(吉川弘文館)

  • 2020/06/24
人とことば: 人物叢書別冊 / 日本歴史学会
人とことば: 人物叢書別冊
  • 著者:日本歴史学会
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(245ページ)
  • 発売日:2020-02-26
  • ISBN-10:4642053999
  • ISBN-13:978-4642053990
内容紹介:
天皇・僧侶・公家・武家・政治家など、日本史上の117名の「ことば」を取り上げる。言葉が発せられた背景や意義を簡潔に叙述。

まことしやかな伝説の真偽がここに明らかに

豊臣秀吉の軍師であった黒田官兵衛は、死に臨んで子息の長政を呼び、草履の片方と下駄(木履(ぼくり))の片方を渡して言い残した。長政よ、この品の意味が分かるか。お前は何ごとも熟慮する。だが、人生のうちには、片足に草履、片足に下駄を履いて駆け出さねばならぬことがある。チャンスを逃してはならぬ――。

これが「草履片々(ぞうりかたがた)、木履片々(ぼくりかたがた)」という小話で、なるほどよくできている。本能寺の変後、秀吉は取るものも取りあえず「中国大返し」を敢行し、明智光秀を討ち、天下人へ駆け上った。それを支えたのが官兵衛だったとなれば、説得力も抜群だ。官兵衛を主人公にした大河ドラマが放映されたとき、この話はしばしば取り上げられた。

あるとき、ぼくは何の気なしに、この話の典拠を調べた。官兵衛の逸話は福岡藩の『黒田家譜』に収録されていることが多いが――、ない。では後世の逸話集か。違う。では、なんだ。散々探した揚げ句、やっと福岡の民話集の中に似た話を見つけた。なんと、民話か。官兵衛は何の関係もないじゃないか。

偉人の教訓、のような書き物はたくさんあるが、その多くは典拠を記さない。本当にその言葉が史実かどうかが、確かめられない。先人の言葉は生きているからこそ、私たちに感銘を与える。フィクションは大いに認めるが、この手の記事でそれをやっては、台無しではないか。

そう感じていたところに、本書の完成を知った。日本史上でよく知られる人の肉声が、典拠とともに紹介され、しっかりとした解説が付される。書き手は日本史学を牽引する第一人者ばかり。まことに豊かな内容をもつ一冊に仕上がっている。時代を映す言葉が並び、うそいつわり、一切なし。歴史が好きな方に、ぜひ読んでいただきたい。
人とことば: 人物叢書別冊 / 日本歴史学会
人とことば: 人物叢書別冊
  • 著者:日本歴史学会
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(245ページ)
  • 発売日:2020-02-26
  • ISBN-10:4642053999
  • ISBN-13:978-4642053990
内容紹介:
天皇・僧侶・公家・武家・政治家など、日本史上の117名の「ことば」を取り上げる。言葉が発せられた背景や意義を簡潔に叙述。

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初出メディア

サンデー毎日

サンデー毎日 2020年6月28日号

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