書評

『アダム・スミスの失敗―なぜ経済学にはモラルがないのか』(草思社)

  • 2021/12/02
アダム・スミスの失敗―なぜ経済学にはモラルがないのか / ケネス・ラックス
アダム・スミスの失敗―なぜ経済学にはモラルがないのか
  • 著者:ケネス・ラックス
  • 翻訳:田中 秀臣
  • 出版社:草思社
  • 装丁:単行本(285ページ)
  • 発売日:1996-04-01
  • ISBN-10:4794206984
  • ISBN-13:978-4794206985
内容紹介:
『国富論』を著した経済学の父アダム・スミスは、人は「利己心」を追求するために行動すると考えた。本書は、ディケンズが描いたイギリス社会やアメリカの大恐慌、環境破壊等を引き合いに出し… もっと読む
『国富論』を著した経済学の父アダム・スミスは、人は「利己心」を追求するために行動すると考えた。本書は、ディケンズが描いたイギリス社会やアメリカの大恐慌、環境破壊等を引き合いに出しながら、「利己心」にもとづく社会の過ちを跡づけ、スミスおよびその後継者たちが根本的な誤りをおかしていたことを明らかにする。そして、人は生来「利己心」のみならず「慈愛心」をも備えており、新しい原理にもとづく学問を構築することで、貪欲さよりも「慈愛心」に拠って立つ社会をつくりあげるべきだと説く、画期的な意欲作。

「利己心の肯定者」への異議

アダム・スミスは失敗をおかした。彼は次のように言っている。「私たちが日々食事を摂っているのは、肉屋や酒屋やパン屋の慈愛心によってではなく、彼ら自身の利害に対する彼らの関心によるものである」。今や我々はアダム・スミスがたった一言つけ加え忘れたことを知っている。――経済学の父アダム・スミスの「国富論」の再解釈をすすめる著者は、「アダム・スミスは次のように言うべきだったのだ」と続け、「慈愛心丶のみによってではなく」とひっくり返してみせる。

著者によれば、「彼の思考のぎりぎりのところで、スミスは慈愛心を除外して利己心を擁護するという運命的な決断を下した」のである。これはシロウトの目から見ると、まことに大胆な、しかしとても魅力的な古典の再解釈ではないか。といって本書は、アダム・スミス一人を相手としたオタク的な本ではない。むしろ著者のまなざしは、中世末から現代に至る世界史的スケールにむけられ、アダム・スミスを利己心の肯定者と決めつけたことから、利己心の肯定がいかにその後の経済学を規定し、果てはその他の学問までも規定していったかを解き明かす。

現代はアダム・スミス流の利己心を価値として、誰もが疑うことなくすりこまれてしまった時代に他ならない。だがかのスミスでさえ、利己心は正義によって抑制さるべきものと捉(とら)えていたではないか。このように著者は、従来の経済学が依拠してきた合理的かつ単純な人間観に異議申し立てを行う。利己心ではない、慈愛心なのだと。

経済心理学という新しい分野を開拓した著者は、チャールズ・ディケンズの「クリスマス・キャロル」やマーク・トゥエインの「金メッキ時代」を経済思想の文脈の中に位置づけ、利己心と慈愛心との歴史的な対立を生き生きと語ってあきさせない。

ところで、利己心そのものに見える日本への言及はあるだろうか。あるある。どうやら著者は、日本の平和主義のモラルと軍事費増大の要請との対比の中に、アメリカ流の短期的な経済的価値以外の価値観を見出しているかに思われる。バブルへの反省のみならず、平和主義のモラルともなれば、これはやはり日本人の側から自覚的に考えてみる課題であろう。
アダム・スミスの失敗―なぜ経済学にはモラルがないのか / ケネス・ラックス
アダム・スミスの失敗―なぜ経済学にはモラルがないのか
  • 著者:ケネス・ラックス
  • 翻訳:田中 秀臣
  • 出版社:草思社
  • 装丁:単行本(285ページ)
  • 発売日:1996-04-01
  • ISBN-10:4794206984
  • ISBN-13:978-4794206985
内容紹介:
『国富論』を著した経済学の父アダム・スミスは、人は「利己心」を追求するために行動すると考えた。本書は、ディケンズが描いたイギリス社会やアメリカの大恐慌、環境破壊等を引き合いに出し… もっと読む
『国富論』を著した経済学の父アダム・スミスは、人は「利己心」を追求するために行動すると考えた。本書は、ディケンズが描いたイギリス社会やアメリカの大恐慌、環境破壊等を引き合いに出しながら、「利己心」にもとづく社会の過ちを跡づけ、スミスおよびその後継者たちが根本的な誤りをおかしていたことを明らかにする。そして、人は生来「利己心」のみならず「慈愛心」をも備えており、新しい原理にもとづく学問を構築することで、貪欲さよりも「慈愛心」に拠って立つ社会をつくりあげるべきだと説く、画期的な意欲作。

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初出メディア

読売新聞

読売新聞 1996年6月23日

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