ソ連女性兵士の戦争、実相をすべて
マンガはあらゆる文芸ジャンルをマンガ化してきました。「絵解き」という言葉があるように、マンガは絵を主体にして言葉を適度に配することで、言葉だけで書かれた抽象的な文芸作品よりはるかに分かりやすく原作のエッセンスを表すことができるからです。昔から学習マンガというジャンルがあり、「マンガ日本の古典」とか「まんが世界の歴史」といった企画が生まれ、いまでは「まんがで読破」とか「まんが学術文庫」(!)といったシリーズがあって、『カラマーゾフの兄弟』や『失われた時を求めて』といった長大で難解な小説もマンガ化され、『資本論』でさえ複数のマンガ版があります。
そんなわけでたいていのマンガ化にはもはや驚かなくなっていたのですが、『戦争は女の顔をしていない』のマンガ化には正直いって驚きました。この作品を「漫画化した作者の蛮勇に」「脱帽する」という本の帯の富野由悠季(よしゆき)の言葉にまったく同感です。
『戦争は女の顔をしていない』は2015年にノーベル文学賞を受けたベラルーシの女性作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの最初の作品で、第2次世界大戦に従軍したソ連の500人以上の女性の聞き書きをまとめたルポルタージュです。このドイツとの戦争でソ連の国民は約2700万人が死んでいます。ソ連は第2次大戦の最大の犠牲国なのです。この恐るべき総力戦のなかで、ソ連の女性は自ら志願して戦場に身を投じました。これが第2次大戦におけるソ連の特異性です。アレクシエーヴィチは、女性従軍者たちの回想の聞き書きを巨大なパッチワークに仕立て、この人類史上未曽有の女性の戦争の実態を描きだしました。
先ほどマンガ化は原作の内容を原作より分かりやすく伝えられると書きましたが、一方で、マンガ化は大変な困難を抱えこんでいます。そこに出てくるすべて(自然、家並み、兵器から家具、食べ物、下着まで)を絵にして具体的に描かねばならないからです。このマンガ版を作った小梅けいとは、第2次大戦下のソ連の〈すべて〉を描くという困難な試みに成功しています。
ここで、女性たちは男と同様に敵を殺し、仲間を助け、肉親との愛に引き裂かれ、みずからも傷つき、戦います。それは善悪をこえた戦争の実相であり、女性たちが極限で体験した真実でした。しかし、戦後、そのむごい真実を抱えて彼女たちは苦しみます。このマンガには、その女性たちが知った限りない苦痛と、ささやかな生きることの喜びと希望への共感が脈打っています。