書評

『イスラーム学』(作品社)

  • 2020/07/19
イスラーム学 / 中田 考
イスラーム学
  • 著者:中田 考
  • 出版社:作品社
  • 装丁:単行本(581ページ)
  • 発売日:2020-01-24
  • ISBN-10:4861827787
  • ISBN-13:978-4861827785
内容紹介:
文明的背景を異にする日本で、イスラーム世界を根幹から理解するために。著者は伝統イスラーム法学を脱構築し現代に甦らせる表現形態を探ると共に、どこまでそれを伝えることが可能であるか… もっと読む
文明的背景を異にする日本で、イスラーム世界を根幹から理解するために。

著者は伝統イスラーム法学を脱構築し現代に甦らせる表現形態を探ると共に、どこまでそれを伝えることが可能であるか?を一貫して考え抜いてきた。
本書は、イスラームの世界観を背景に激動する国際政治を俯瞰するための基本的視座を提供し、井筒俊彦が切り拓いた東洋哲学としてのイスラーム理解に新たな一歩を進める。

「少年老い易く学成り難し。イスラーム研究を志して40年近くが経った。当時、出版されているイスラーム学の古典の数は限られて おり、日本の大学や図書館には基本文献さえも揃っていなかった。 (中略)昔を想うと、日本のイスラームの研究環境は、隔世の感がある。 しかし日本のイスラーム学はそれに見合う発展を遂げているとは言い難い。確かにイスラーム研究者の数、研究論文の本数は増えている。しかし私見によると、質はむしろ低下しており、国際的に比較すると相対的な立ち遅れはより明瞭になる……」

本質は“真のグローバリズム”

イスラーム学者でムスリムの中田考氏の論文集。新旧二五編の論文が、イスラームの本質を多面的に描き出している。

中田氏がまず強調するのは、西側の知識の歪みだ。オリエントとはかつて、イスラーム世界のことだった。そこにインドや中国、日本も加えて「東洋」とひとくくりにした。多様な世界に「非西欧」のレッテルを貼った。この歪みを告発したのがサイード『オリエンタリズム』。だがイスラームの地域研究者はイスラームという宗教に正面から向き合うのを避けたままだ。それで歪みを正せるのか、と厳しく著者は問いかける。

本書を通じて中田氏は、十字軍の時代の大法学者イブン・タイミーヤに光を当てる。独自の言語論に基づき、当時の法学や神学がイスラームの原則から逸脱していると批判した。その業績は傍流にとどまったが、イスラーム世界を現代に復興するヒントに満ちているという。

そして本書の山場は、イスラームの政治論だ。古典イスラーム国法論、現代スンナ派政治思想、現代シーア派政治思想、現代カリフ論を順に論じて行く。目を開かれる指摘が多い。たとえばイスラームに秘伝はなく、クルアーン(コーラン)とハディース(ムハンマドの言行の伝承)にすべて記されている。イスラームの宣教が届かず無信仰のまま死んでも救済される可能性がある、などなど。

シーア派とスンナ派はどう違うか。シーア派は、預言者ムハンマドの後継者はイマームで、アッラーの選んだ無謬(むびゅう)の存在だとする。スンナ派は、ムハンマドの後継者はカリフで、選挙か前任者の指名で選ばれ、世俗の統治者だとする。違いはあってもイマームもカリフも、ウンマ(イスラーム共同体)にただ一人の存在。そしていま不在。それでもイマームやカリフは存在すべきで、それ以外の統治者は存在してよいと言えないのではないか。これが、イスラーム政治論の最大の論点だ。

ワッハーブ派を興した法学者イブン・アブドゥルワッハーブは一八世紀半ば、豪族イブン・サウードと政教盟約を結んだ。これが発展して、サウジ・アラビアができた。ワッハーブ派はイブン・タイミーヤの思想に依拠した厳格派でありつつも、ハンバリー派に属すとして、スンナ派の一部に収まっている。

ジハード(聖戦と訳すが、異教徒の攻撃に抗する努力)は、カリフが命ずるもの。カリフが不在では、ジハードは実行できない。内乱(イスラーム内の政争)にも適用できないはずでも、いま政権を握る為政者こそイスラームの敵だ、という考え方が現れた。「革命のジハード論」だ。世界の武装勢力に影響を与えているのがこれである。西側の影響を受けイスラーム法をないがしろにする現政権を、ジハードの名で攻撃する。

キリスト教世界とイスラーム世界は、どこが違うのか。

イスラームこそ真のグローバリズムだ、と中田氏は言う。イスラームはそもそも普遍主義。人類を単一の法共同体にまとめることを目標にする。ただイスラームは、信仰を強要しない。ダール・アルイスラーム(イスラームの家)は、ユダヤ教徒やキリスト教徒や…の信仰と自治を認める。商法の遵守や納税を求めるが、家族法や刑法は宗教ごとにばらばらでよい。移動も自由。国境で人類を区画し、人間が定めた別々の法律を強制するキリスト教徒のやり方(ナショナリズム)と、正反対だ。中田氏の持論である「カリフ制再興」も、この文脈に置かれると意味がよくわかる。有益で本格的なイスラーム研究、とくにその政治論を日本語で読めることは、本当にありがたい。
イスラーム学 / 中田 考
イスラーム学
  • 著者:中田 考
  • 出版社:作品社
  • 装丁:単行本(581ページ)
  • 発売日:2020-01-24
  • ISBN-10:4861827787
  • ISBN-13:978-4861827785
内容紹介:
文明的背景を異にする日本で、イスラーム世界を根幹から理解するために。著者は伝統イスラーム法学を脱構築し現代に甦らせる表現形態を探ると共に、どこまでそれを伝えることが可能であるか… もっと読む
文明的背景を異にする日本で、イスラーム世界を根幹から理解するために。

著者は伝統イスラーム法学を脱構築し現代に甦らせる表現形態を探ると共に、どこまでそれを伝えることが可能であるか?を一貫して考え抜いてきた。
本書は、イスラームの世界観を背景に激動する国際政治を俯瞰するための基本的視座を提供し、井筒俊彦が切り拓いた東洋哲学としてのイスラーム理解に新たな一歩を進める。

「少年老い易く学成り難し。イスラーム研究を志して40年近くが経った。当時、出版されているイスラーム学の古典の数は限られて おり、日本の大学や図書館には基本文献さえも揃っていなかった。 (中略)昔を想うと、日本のイスラームの研究環境は、隔世の感がある。 しかし日本のイスラーム学はそれに見合う発展を遂げているとは言い難い。確かにイスラーム研究者の数、研究論文の本数は増えている。しかし私見によると、質はむしろ低下しており、国際的に比較すると相対的な立ち遅れはより明瞭になる……」

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2020年3月29日

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