選評

『対日協力者の政治構想―日中戦争とその前後―』(名古屋大学出版会)

  • 2020/07/30
対日協力者の政治構想―日中戦争とその前後― / 関 智英
対日協力者の政治構想―日中戦争とその前後―
  • 著者:関 智英
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(616ページ)
  • 発売日:2019-10-07
  • ISBN-10:4815809631
  • ISBN-13:978-4815809638
内容紹介:
日中戦争には、抗日と同時に、占領地における協力の側面もあった。しかし多様な協力者たちは戦後、漢奸として糾弾され、その歴史も未完の政治構想とともに葬り去られた。本書はこの影の側面に光を当て、戦争の全体像に迫るとともに、占領から始まった戦後日本に鋭い眼差しを投げかける。
環太平洋地域の政治、経済、文化、科学技術に関する優れた著作に対して与えられる「大平正芳記念賞」。第36回となる今年は、6人の研究者が栄えある賞に輝きました。その中から、関智英『対日協力者の政治構想』の川島真氏による選評を特別に公開いたします。

中国における対日協力者研究の一つの到達点を示した一書

中国における対日協力者研究の一つの到達点を示した一書。日本史、中国史の端境に置かれがちだった空間において、一つの研究分野を打ち立てるとともに、評価が絡みがちなこの問題を歴史学の対象として実証的に論じた意義は大きい。また、日本の中国史学だからこそ到達し得た境地だとも言えるだろう。

汪精衛政権や華北政権、または満洲国で日本側に協力した人々、あるいは日中戦争において日本側に協力した人々、すなわち対日協力者たちの歴史は、中国や台湾では長い間タブーであり、日本の戦後史学においても扱うことが難しい対象だった。その難しさは単に学問的な場だけにあるのではなかった。対日協力者たちは、国民党からも、共産党からも漢奸、すなわち民族の裏切り者と見なされ、政治的、社会的に否定的に扱われてきたのである。学校教育においても、彼らは常に非難の対象だった。確かに、前世紀末から中国や台湾でも対日協力政権、対日協力者の研究が比較的活発になったが、中国では習近平政権期に入ってまたこの分野の研究が困難になり、台湾では中国近現代史が低調になる中で、必ずしも大きな研究の進展が見られたわけではない。もちろん、日本語の史料を用いねばならないという障壁もあった。

それに対し、本書は対日協力者について、中国語、日本語などの史料を博捜しながら、対日協力者の主要人物を一人一人掘り下げ考察を加え、日本に協力したのはどのような人で、どのような経緯で日本に協力し、そして実際に何をしたのか、ということを丁寧に描くことに成功している。彼らは、いわば「正史」において忘れ去られた、あるいは一括して漢奸として扱われ、それぞれの独自性や多様性などは捨象されてきた存在であった。本書は、彼らに息吹を与え、その存在を再び浮かび上がらせ、歴史の中に位置づけ直葬としたと言える。これが本書の第一の意義だろう。

次に指摘しなければならない本書の第二の意義は、本書が戦後まで扱った点だ。敗戦後の日本は、対日協力者について冷淡であったことが知られる。しかし、それもやや簡略化された物言いであった。実際には、吉田茂が21カ条要求をめぐる交渉に関して五四運動などで批判された曹汝霖を保護するなど、戦後に日本に「亡命」していた協力者も、また彼らを保護した日本人も少なくない。そして、戦前の日本との関係を生かしながら、戦後の東アジア各地で活動し続けた「協力者」もいる。本書は「対日協力者たちの戦後」も描き出している点で、他に類を見ない著作に仕上がっており、これにより本書の価値は大きく上がったと言えるだろう。

そして、本書を通じて、日本がどれほど多くの中国の人々の「運命」を変えたのか、また彼らに対する「責任」をいかに考えるのかということも突きつけられる。つまり、本書は歴史認識問題を考える上でも重要な一書だということである。

無論、本書で取り上げられていない協力者がいるとか、他にも分析すべき側面があるといった不足はあるだろう。だが、対日協力者研究の現段階の最高水準を示す本書には極めて高い評価を与えてしかるべきと考える。

[書き手]川島 真(東京大学大学院総合文化研究科)
対日協力者の政治構想―日中戦争とその前後― / 関 智英
対日協力者の政治構想―日中戦争とその前後―
  • 著者:関 智英
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(616ページ)
  • 発売日:2019-10-07
  • ISBN-10:4815809631
  • ISBN-13:978-4815809638
内容紹介:
日中戦争には、抗日と同時に、占領地における協力の側面もあった。しかし多様な協力者たちは戦後、漢奸として糾弾され、その歴史も未完の政治構想とともに葬り去られた。本書はこの影の側面に光を当て、戦争の全体像に迫るとともに、占領から始まった戦後日本に鋭い眼差しを投げかける。

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