書評

『概説 スペイン文学史』(研究社)

  • 2023/06/13
概説 スペイン文学史 / 佐竹 謙一
概説 スペイン文学史
  • 著者:佐竹 謙一
  • 出版社:研究社
  • 装丁:単行本(380ページ)
  • 発売日:2009-06-24
  • ISBN-10:4327377279
  • ISBN-13:978-4327377274
内容紹介:
ひとりの著者が一貫したスタイルで書き下ろした最新のスペイン文学史。スペイン文学になじみの薄い読者にもわかりやすい解説で、スペイン文学の魅力をたっぷり紹介。「中世」「黄金世紀」「18世紀」「19世紀」「20世紀」の5部構成。スペイン文学最盛期である16、7世紀の黄金世紀(ピカレスク文学、神秘主義文学、『ドン・キホーテ』、バロック演劇など)の解説も充実。
一九六〇年代の終わりごろ、日本語で読めるスペイン文学史と言えば、白水社の文庫クセジュに入っているジャン・カン『スペイン文学史』(一九五六)ぐらいしかなかった。訳者は『ドン・キホーテ』の翻訳で知られる会田由である。オリジナルは内戦後間もない一九四三年の刊行だから、当然のことながら、亡命や検閲によって衰退してしまった「現代」の動向への言及は乏しく、当時学生だった私たちにとっては古典に触れるときのガイドブックという感があった。その後、さすがにその状況を憂いたのだろう、会田自身が明治書院から出た『南欧の文学』(一九六七)の中で、スペイン文学概説を書いている。カンの文学史に比べれば、戦後文学に触れる量が多かったものの、扱われる作家・作品の数はごく限られ、学生を刺激するほどではなかった。

一九七六年に白水社からホセ・ガルシア・ロペス(東谷・有本訳)『スペイン文学史』が出たことで、状況は一変したとまでは言えないものの、かなりの前進が見られた。一般に「一九二七年の世代」として知られるロルカの世代にページを割き、さらに「市民戦争後の文学」として、たとえば「一九五五年の世代」の作家フアン・ゴイティソロを紹介し、一九六〇年代における彼の作風の変化にまで触れているからである。とはいえ原著は一九六八年刊行で、しかもその「概説」という性格によって、記述は限定されざるをえなかった。

一方、スペインでは一九七五年にフランコが亡くなると、王政復古と民主主義の復活が同時に見られるとともに、検閲は廃止され、文化的ルネッサンスを迎える。一九七七年にはロルカの世代を代表して、ビセンテ・アレイクサンドレがノーベル文学賞を受賞する。また一九九二年には五輪と万博が開催され、スペインは世界の中で完全復活を遂げている。したがって、このような状況を反映させた文学史が待望されたとしても不思議ではない。

そうした要求に応えるべくこのたび刊行されたのが、「黄金時代」の演劇を中心に研究してきた著者による『概説スペイン文学史』と言えるだろう。中世に始まり、黄金世紀、十八世紀、十九世紀、二十世紀という区分で、小説を中心とする散文、詩、演劇という三つのジャンルの流れが、大学での講義録から生まれたことを物語るように、平易な文体で綴られている。

本書の特徴は、まず単独の著者によって執筆されていることである。そのため、視点と文体にぶれがない。次に、著者が得意とする古典を扱った章が充実していることである。なかでも演劇を語った部分は密度が濃い。そして特筆すべきは、「二十世紀」の章に「黄金時代」とほぼ同じ分量が当てられていることだ。とりわけ内戦後から今日までの作家・作品が俎上に上せられ、こうしてスペイン文学が、初めて長い時間軸に沿って紹介されることになった。また作家の紹介にしても、ゴイティソロを取り上げた個所をガルシア・ロペスのそれと比べると分かるように、大幅に増えている。

ただ、著者の専門外ということもあるのだろうが、現代作家の取捨選択に関して、その根拠が必ずしも明確ではない。最も新しいところでは、邦訳が話題になったリャマサーレスに触れているのはいいのだが、ではなぜフアン・ボニーリャは無視されているのか。あるいは、主人公の女性の性的冒険が話題になったアルムデーナ・グランデスとその小説『ルルーの時代』は果たして文学史に残る作品だろうか。仮に価値を認めるなら、それを生んだポスト・フランコの時代に焦点を当てた解説が必要ではないか。また、少し遡るが、ロルカが晩年シュルレアリスムに接近した理由は何か。このような疑問を抱かされることも確かだ。さらに、これは「概説書」に対して願いすぎだろうが、ラテンアメリカ文学の動きとの関連についてももっと触れてほしかった。

とはいえ、最初に見たように、日本ではこれまでわずかなスペイン文学史、それも翻訳されたものしかなく、しかもそれらがすでに今日をカバーできなくなって久しかっただけに、本書が刊行されたことは大いに歓迎されるべきである。さらに言うなら、多くの読者を得て、とりわけ現代小説の項目がさらに充実するように、増補版が出ることを願うものである。
概説 スペイン文学史 / 佐竹 謙一
概説 スペイン文学史
  • 著者:佐竹 謙一
  • 出版社:研究社
  • 装丁:単行本(380ページ)
  • 発売日:2009-06-24
  • ISBN-10:4327377279
  • ISBN-13:978-4327377274
内容紹介:
ひとりの著者が一貫したスタイルで書き下ろした最新のスペイン文学史。スペイン文学になじみの薄い読者にもわかりやすい解説で、スペイン文学の魅力をたっぷり紹介。「中世」「黄金世紀」「18世紀」「19世紀」「20世紀」の5部構成。スペイン文学最盛期である16、7世紀の黄金世紀(ピカレスク文学、神秘主義文学、『ドン・キホーテ』、バロック演劇など)の解説も充実。

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初出メディア

週刊読書人

週刊読書人 2009年10月30日

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