書評
『中世世界とは何か』(岩波書店)
鎌倉幕府に似たポスト・ローマ期の「役人王権」
中世という時代は近代とは違った面が様々にある。そうであるが故に我々が見失ってしまっている事象が多く存在し、近代社会を相対化して考えてゆくうえで極めて多くの素材を提供してくれる。なかでもヨーロッパの中世世界は、現代世界の覇権を長らく独占してきた近代ヨーロッパ世界の直接の前提にあるから、なおさらである。本書のタイトルが『中世世界とは何か』とあるのも、多分にその近代ヨーロッパ世界を生み出してきた中世世界を位置づけようとしてのことである。そのため叙述は「『中世』を切り出す」ことに始まり、まずは中世ヨーロッパが成立する以前からの世界システムを考え、その展開上に位置づける。
ユーラシア大陸の半島であるヨーロッパには、東から絶えず異民族が侵入・移動してきたが、その繰り返しのなかで北方に定着していたゲルマン民族が「ギリシャ・ローマ帝国」を滅ぼし、ゲルマン人が盟主になった、その時からを中世と呼ぶという。
しかしこの段階では、東地中海をシステム上の中心とする「半周縁」ともいうべきポジションに置かれていたのであるが、やがてオスマン・トルコが十四世紀に侵入してからそれ以後は、東方からの諸民族の到来はなくなり、ここにおいてヨーロッパ中世世界は独自の構造をそなえた文明世界になった。
このような極めて明快な時期設定と中世世界の特質づけに始まって、本書は国家と地域に目をこらし、中世ヨーロッパの世界システムの様相や統治・政治秩序の体系、また身分制などの社会秩序、さらには信仰の行方などを丹念に追いつつ解説してゆく。『中世初期フランス地域史の研究』(岩波書店)などで著者が明らかにした学問的蓄積に基づいて、最新の学説を紹介しつつも、新たな見方を提出している。
実に興味深く、多くのことを教えられ、何か、ヨーロッパの中世世界が身近に感じられるようになったのと同時に、彼我の世界の断絶もまた同時に痛感した。ついつい私が日本の中世と比較しながら読み進めていったせいもあろう。
ポスト・ローマ期の小国家の把握の仕方などは、日本の中世国家と引き比べて考えると、随分、参考になる。たとえばメロヴィング朝期の王は、ローマの将軍であり、国法の執行役人であって、それは「役人王権」と形容するにふさわしい、といった指摘は、鎌倉幕府にまさにあてはまる。そのほか、騎士や伯などの在り方も、武士や守護などのシステムとよく似ている。
しかし大きな違いもある。それは何よりもキリスト教と教会の存在であり、中世世界の前提にあるギリシャ・ローマ世界の存在である。確かに日本中世でも仏教寺院は大きな位置を占めていたが、ヨーロッパ中世のようにキリスト教信仰が政治・社会・文化をはじめとするあらゆる領域に大きな影響をあたえ、律することはなかった。その存在感は圧倒的である。
また日本中世でも日本古代や大陸の古典を学び、そこから新たな動きをつくり出すことはあったが、ギリシャ・ローマ世界の知的遺産を発掘し、新たな動きをもたらす「ルネッサンス」を繰り返し行って、中世世界を豊かにしてゆく運動と比較するならば、スケールも質も随分と違っている。
本書から、読者はヨーロッパ世界のその奥深さを知るであろうが、そうではない発展の方向もあったことを踏まえて読むならば、さらに読み応えがあるに違いない。
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