現代日本の暗部を寓話で
昨年、自宅マンションから飛び降り自殺をとげた見沢知廉の短編集である(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2006年)。見沢は新右翼としての活動中、仲間とともにスパイを査問して殺してしまうという事件を起こし、12年におよぶ獄中生活を送った。
本書の表題作で遺作となった「愛情省」もまた、この長く苛酷な監禁生活をモチーフにしている。主人公の名はウィンストン2世。オーウェルの『1984』で全体主義国家の犠牲となった人物が現代日本に甦ったという設定なのだろう。
ウィンストン2世が生きるのは、留置場から拘置所の独居房をへて閉鎖病棟にいたる監禁施設ばかりである。そこは、収容者の他者との接触を禁じ、ベッドに縛りつけ、感覚を遮断し、大量の抗精神病薬を点滴であたえ、排泄さえも下剤と浣腸で完全管理する世界なのだ。
だが、この異様な世界の微に入り細をうがった描写を読み進めるうち、これが特殊な世界を描いた特殊な体験談ではなく、現代日本の普遍的な寓話にほかならぬことに気づき、愕然とさせられる。私たちが生きる日本とは、閉鎖病棟であり、果てなき監獄なのかもしれない。見沢が命を賭けて描きだそうとしたのは、そうした日本のダークサイドだった。