書評

『町の本屋という物語: 定有堂書店の43年』(作品社)

  • 2024/07/06
町の本屋という物語: 定有堂書店の43年 / 奈良 敏行
町の本屋という物語: 定有堂書店の43年
  • 著者:奈良 敏行
  • 編集:三砂 慶明
  • 出版社:作品社
  • 装丁:単行本(240ページ)
  • 発売日:2024-03-05
  • ISBN-10:486793013X
  • ISBN-13:978-4867930137
内容紹介:
本は、本屋は、これからも大丈夫――そのように思わせてくれる一冊である。本屋「Title」店主・辻山良雄さん推薦!鳥取の定有堂書店は、いかにして地域の文化拠点となり、日本中から本好きや… もっと読む
本は、本屋は、これからも大丈夫――そのように思わせてくれる一冊である。
本屋「Title」店主・辻山良雄さん推薦!

鳥取の定有堂書店は、いかにして地域の文化拠点となり、日本中から本好きや書店員が足を運ぶ「聖地」となっていったのか。名店の店主が折に触れつづった言葉から、その軌跡が立ち現れる。〈本の力〉が疑われる今まさに、手に取るべき一冊。

鳥取に根を下ろし、一から自分の仕事を作りあげてきた奈良さんの言葉には、時代と地域を超えた普遍がある。それはとてもシンプルなことで、「本が好き、人が好き」。いつの時代も定有堂書店は本と人とのあいだにあり、そうした素朴なスピリットが、その店を全国から人が集う「聖地」たらしめたのだ。
いま、本の力を疑いはじめた人にこそ読んでほしい。本は、本屋は、これからも大丈夫――そのように思わせてくれる一冊である。
本屋「Title」店主・辻山良雄

心揺さぶられる「体温」がある書店

定有堂(ていゆうどう)書店、といっても、知らない人はまったく知らないだろう。私も鳥取を訪れるまでその存在を知らなかった。鳥取市を訪れる機会があり、知人から、定有堂書店にいったらいいよ、きっと好きだから、と言われて、向かったのだ。

鳥取駅からほど近くにある店舗に入ったら、知っている感じと、まったく未知の感じが両方あって、興奮した。知っている感じというのは、本のセレクトショップみたいな、私の好きなタイプの書店で、そういう店がかならず持っている体温があり、でもその体温の種類がまったく未知だったのである。

日本文学外国文学、哲学宗教、などと、本が区分けされていない書店はよく見かけるけれど、定有堂の書棚に並ぶ本は私の知らない本ばかり。その知らない本たちが、ひそやかな声で私を呼んでいる。そういう本屋さんではかならず本が人を呼ぶから、それには驚かないが、呼んだ一冊に手をのばすと、その周辺に置かれた本がいっせいに私を呼ぶのには驚いた。まいったな、と思った。ぜんぶ読みたくなってしまうではないか。

定有堂書店はそういう本屋さんで、だから、二〇二三年に閉店したと聞いて「えっ」と大きな声が出てしまった。本書は、定有堂書店の店主、奈良敏行さんが一九九二年から二三年まで、新聞やミニコミ誌、ウェブに発表した文章と、図書館などで行われた講演をまとめた一冊である。これが、本当に深遠でおもしろくて、「定有堂書店はいかに定有堂書店となったのか」というテーマをはるかに超えて、自分の人生を見つけて生きるための哲学書のように私には思える。

奈良さんは大学卒業後、就職と転職ののち、配偶者の故郷である鳥取に移り、本が好きだから、本好きな人が好きだからという理由で本屋さんを開業する。本屋だけではなく、店舗の二階で読む会やミニコミ誌造り、映画について語る会など、さまざまな集いを現在も続けている。

くり返し出てくる言葉がある。「身の丈」「青空」「ビオトープ」「アジール」。どの言葉も書店経営とはかかわりのない言葉のようだけれど、奈良さんの語りかけるような文章を読んでいるとすとんと腑(ふ)に落ちる。なのでここでは説明しない。ぜひ、奈良さんの声で、本屋においてそれらの言葉の意味するところを聞いてみてほしい。

奈良さんのくり返すそれらの言葉のうち、「青空」というのが私には、わかるようでわからなかったのだが、第五章の講演原稿に出てくる、ある人が話す絵本の「きつねの窓」のたとえでものすごく深く納得し、納得したとたん強く心を揺さぶられた。棚で埋め尽くされた、窓の少ない書店でしか見えない青空がたしかにある。その青空は私だけのもの。ふだんあれもこれも見て聞いて、人の使った強い言葉ばかり心に残って、他人の考えを自分のそれと思いこんで、気負って、あるいは疲れて、ふと足を踏み入れた本屋さんで、その私だけのものにようやく出会い、そうだった、私はこれだけでよかったんだと気づく、そういうことがたしかにある。それが私の青空なのだ。

編者の三砂(みさご)慶明さんによる編集後記もすばらしい。他者から見た定有堂書店の意味合いと、そこで顧客は何を得たのかということが、ていねいに書かれている。この一冊はまさに、定有堂書店が私たちに渡すひとつの「宝」なのだと思う。
町の本屋という物語: 定有堂書店の43年 / 奈良 敏行
町の本屋という物語: 定有堂書店の43年
  • 著者:奈良 敏行
  • 編集:三砂 慶明
  • 出版社:作品社
  • 装丁:単行本(240ページ)
  • 発売日:2024-03-05
  • ISBN-10:486793013X
  • ISBN-13:978-4867930137
内容紹介:
本は、本屋は、これからも大丈夫――そのように思わせてくれる一冊である。本屋「Title」店主・辻山良雄さん推薦!鳥取の定有堂書店は、いかにして地域の文化拠点となり、日本中から本好きや… もっと読む
本は、本屋は、これからも大丈夫――そのように思わせてくれる一冊である。
本屋「Title」店主・辻山良雄さん推薦!

鳥取の定有堂書店は、いかにして地域の文化拠点となり、日本中から本好きや書店員が足を運ぶ「聖地」となっていったのか。名店の店主が折に触れつづった言葉から、その軌跡が立ち現れる。〈本の力〉が疑われる今まさに、手に取るべき一冊。

鳥取に根を下ろし、一から自分の仕事を作りあげてきた奈良さんの言葉には、時代と地域を超えた普遍がある。それはとてもシンプルなことで、「本が好き、人が好き」。いつの時代も定有堂書店は本と人とのあいだにあり、そうした素朴なスピリットが、その店を全国から人が集う「聖地」たらしめたのだ。
いま、本の力を疑いはじめた人にこそ読んでほしい。本は、本屋は、これからも大丈夫――そのように思わせてくれる一冊である。
本屋「Title」店主・辻山良雄

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2024年3月16日

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