リチャード・ライトは米国で一九四〇年代を代表する黒人作家だ。過って裕福な白人の娘を殺めてしまった貧しい黒人青年の逃亡と裁判のゆくえを追った代表作『ネイティヴ・サン』は「ブラックパワー」という語を生みだした。
抗議文学としてのメッセージ性が強く青年の人間性が描けていないという批判ものちに受けた。しかし同作から八十年後、「地下で生きた男」が米国で出版されると、評価が変わったという。主人公は既婚の敬虔な黒人男性で、もうすぐ生まれる子どもがいる。しかし殺人の濡れ衣で逮捕され、凄絶(せいぜつ)な拷問を受けて自白。彼は脱出に成功し、地下に潜りこんで新たな人生を送ることになる。
この長編は、一度は削除された部分を復活させた完全版になる。なにが削除されていたのかと言えば、この拷問の部分だ。コロナ禍での人種差別的暴力の悪化や、警察による黒人市民への傷害致死等が問題視されるなか、そうした現実を古典を通じて見据えることの重要さに気づいたのだろう。
前作と比してシュールレアルなタッチが強く、実験性にも富む作品である。中短編も併録。