書評

『愉快な本と立派な本 毎日新聞「今週の本棚」20年名作選(1992~1997)』(毎日新聞社)

  • 2017/07/16
愉快な本と立派な本  毎日新聞「今週の本棚」20年名作選 / 丸谷 才一,池澤 夏樹
愉快な本と立派な本 毎日新聞「今週の本棚」20年名作選
  • 著者:丸谷 才一,池澤 夏樹
  • 出版社:毎日新聞社
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2012-05-25
  • ISBN-10:462032101X
  • ISBN-13:978-4620321011

読み手に届く小さな矢の秘密

書評家を根絶せよ。書評は役に立たないから――と、批評精神と辛辣(しんらつ)なユーモアに溢(あふ)れたエッセイを書いたのは、自らも書評を手がけた小説家のヴァージニア・ウルフ。一九三九年のことだ。また、ディケンズにとって、書評家は小さな矢を携えた悪魔みたいな存在だったという。

二十世紀前葉のイギリス書評のなにがいけなかったのか。伝統ある有力紙について纏(まと)めた『タイムズの歴史』なる書物によれば、一つは、十九世紀中葉に比べて「書評が短くなった」、二つめに、「出版から間をおかず出るようになった」、三つめに、「数が桁違いに増えた」とのこと。分量・内容ともに日本と比べてずっと分厚いと言われるイギリスの書評ですら、前世紀前半には「短・速・多」が問題視されるようになっていたわけである。

さて、ウルフの随筆から七十三年後の日本には、書評家はさておき書評じたいは(どっこい)生きている。そして、今から二十年前、新聞書評におけるこの「短・速・多」問題に立ち向かったのが、丸谷才一を編集顧問としてスタートした「今週の本棚」だった、ということだ。本書『愉快な本と立派な本』は、その独自の方針で組まれる読書面から最初の六年間の書評を精選し、編集したものである。

実をいうと、わたしはそれ以前の時代をよく憶(おぼ)えていないのだが、少なくとも現在、新聞雑誌の書評は通常が約八百字(原稿用紙二枚)。毎日新聞のこの欄だと通常が千四百字(三枚半)で、大きい枠は二千字(五枚)。一本の字数が多いため、書評本数は絞られる。刊行から時間が経(た)った本も、文庫化された本も、取りあげるべき時に取りあげる方針だと聞いている。新刊ガイドに留(とど)まらない評論のスコープをもちえている所以(ゆえん)は、こうした点にあるのだろう。

本書の書評ラインアップは圧巻の一言だ。のちには、シュリンクの『朗読者』のような良書をいち早く評したケースもあるが、他にも、後々その作家の里程標的な作品となったものや、ある分野でのクラシックになった本も多い。どの評者が書いたかにもご注目いただきたい。

本川達雄『ゾウの時間 ネズミの時間』(中村桂子評・いまやその筋の定番書)、ユルスナール『東方綺譚(きたん)』(須賀敦子評・ユルスナール・リバイバルはここに始まった)、ブルゴス『私の名はリゴベルタ・メンチュウ』(松山巖評・邦訳刊行から六年後にあえて「今年の一冊」として紹介)、ダルモン『癌(ガン)の歴史』(杉浦日向子評・「癌の歴史」は向き合う自己の歴史でもある、と評す)、デヴィ『女盗賊プーラン』(山室恭子評・爆発的にヒットした翻訳書の超ダークホース)、片岡義男『日本語の外へ』(沼野充義評・作家の論理的な文体の核心を批評)……。

「本棚」の看板である和田誠・装画の「私の三冊」がふんだんに収録されているのも楽しい。井上ひさしのシェイクスピア三冊、萩尾望都のブラッドベリ三冊、野坂昭如のアンデルセン三冊等々。ともかくも書評の妙技が百花繚乱(りょうらん)。そして最後に言うと、吉田秀和『マネの肖像』の清水徹評の出だしは、書評者のもつべき矜恃(きょうじ)をも語っているだろう。「みごとなマネ論である。なぜ『みごと』なのか?著者がここで絵画のことしか語っていないからだ」。あてこすり書評や自説開陳や美文を気取る空回り。こうした下心から距離をおいた書評だけが、まっすぐに読み手の胸に届くに違いない。小さな矢のさばき方と収め方いかんで、書評の「愉快さ」と「立派さ」は決まるのである。

ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学  / 本川 達雄
ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学
  • 著者:本川 達雄
  • 出版社:中央公論社
  • 装丁:新書(230ページ)
  • 発売日:1992-08-01
  • ISBN-10:4121010876
  • ISBN-13:978-4121010872
内容紹介:
動物のサイズが違うと機敏さが違い、寿命が違い、総じて時間の流れる速さが違ってくる。行動圏も生息密度も、サイズと一定の関係がある。ところが一生の間に心臓が打つ総数や体重あたりの総エ… もっと読む
動物のサイズが違うと機敏さが違い、寿命が違い、総じて時間の流れる速さが違ってくる。行動圏も生息密度も、サイズと一定の関係がある。ところが一生の間に心臓が打つ総数や体重あたりの総エネルギー使用量は、サイズによらず同じなのである。本書はサイズからの発想によって動物のデザインを発見し、その動物のよって立つ論理を人間に理解可能なものにする新しい生物学入門書であり、かつ人類の将来に貴重なヒントを提供する。

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東方綺譚 ) / マルグリット・ユルスナール
東方綺譚 )
  • 著者:マルグリット・ユルスナール
  • 翻訳:多田 智満子
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(163ページ)
  • 発売日:1984-12-01
  • ISBN-10:4560070695
  • ISBN-13:978-4560070697

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私の名はリゴベルタ・メンチュウ―マヤ=キチェ族インディオ女性の記録 / エリザベス ブルゴス
私の名はリゴベルタ・メンチュウ―マヤ=キチェ族インディオ女性の記録
  • 著者:エリザベス ブルゴス
  • 翻訳:高橋 早代
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(335ページ)
  • ISBN-10:4105195018
  • ISBN-13:978-4105195014

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癌の歴史 / ピエール ダルモン
癌の歴史
  • 著者:ピエール ダルモン
  • 翻訳:河原 誠三郎,田川 光照,鈴木 秀治
  • 出版社:新評論
  • 装丁:単行本(618ページ)
  • ISBN-10:4794803699
  • ISBN-13:978-4794803696

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文庫 女盗賊プーラン 上  / プーラン・デヴィ
文庫 女盗賊プーラン 上
  • 著者:プーラン・デヴィ
  • 出版社:草思社
  • 装丁:文庫(336ページ)
  • 発売日:2011-08-05
  • ISBN-10:4794218427
  • ISBN-13:978-4794218421

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日本語の外へ / 片岡 義男
日本語の外へ
  • 著者:片岡 義男
  • 出版社:角川書店
  • 装丁:文庫(619ページ)
  • 発売日:2003-09-00
  • ISBN-10:4041371945
  • ISBN-13:978-4041371947
内容紹介:
湾岸戦争をアメリカのTV放送だけで追ってみる、という試みから始まった本書は、アメリカを突き動かす英語という言葉の解明へと焦点を移していく。母国語によって人は規定され、社会は言葉によ… もっと読む
湾岸戦争をアメリカのTV放送だけで追ってみる、という試みから始まった本書は、アメリカを突き動かす英語という言葉の解明へと焦点を移していく。母国語によって人は規定され、社会は言葉によって成立する。たえず外部を取りこみ攻撃し提案していく動詞中心の英語に対し、日本語とは自分を中心とした利害の調整にかまける言葉だと著者は結論付ける。日本語によって生きるとは、どのように「偏って」生きることなのか?英語と日本語への熟考が、やがて読み手を世界の認識の根源まで導く鮮やかな思考の書。

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マネの肖像  / 吉田 秀和
マネの肖像
  • 著者:吉田 秀和
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(131ページ)
  • ISBN-10:4560038503
  • ISBN-13:978-4560038505
内容紹介:
マネのからは、裸の女の視線のシニシズムだけでなく、それを描いている人物の精神の冷静さが見るものに伝わってくる。大胆不敵な挑戦状を社会につきつけたときでさえ、この画家は、自分の絵描きとしての能力についての完全な力の意識と同じくらいエレガンスを示さずにはいられなかった。

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愉快な本と立派な本  毎日新聞「今週の本棚」20年名作選 / 丸谷 才一,池澤 夏樹
愉快な本と立派な本 毎日新聞「今週の本棚」20年名作選
  • 著者:丸谷 才一,池澤 夏樹
  • 出版社:毎日新聞社
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2012-05-25
  • ISBN-10:462032101X
  • ISBN-13:978-4620321011

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2012年6月17日

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