自著解説

『戦争障害者の社会史―20世紀ドイツの経験と福祉国家―』(名古屋大学出版会)

  • 2021/03/30
戦争障害者の社会史―20世紀ドイツの経験と福祉国家― / 北村 陽子
戦争障害者の社会史―20世紀ドイツの経験と福祉国家―
  • 著者:北村 陽子
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(366ページ)
  • 発売日:2021-03-10
  • ISBN-10:4815810176
  • ISBN-13:978-4815810177
内容紹介:
二度の大戦により、300万人におよぶ大量の戦争障害者を生み出したドイツで、国家に奉仕した「英雄」はどのようなその後を生きたのか。公的支援や医療の発達、義肢や盲導犬などの補助具の発展と、他方での差別や貧困、ナチへの傾倒などの多面的な実態を丁寧に描き、現代福祉の淵源を示す。
甚大な被害を生み出した二度の世界大戦。戦争で傷を負った人たちは、その後の時代をどのように生きたのでしょうか。300万人におよぶともいわれる20世紀ドイツの戦争障害者に焦点をあてた著作、北村陽子『戦争障害者の社会史』の刊行によせて、書き下ろしの自著解説を公開いたします。

パラスポーツから女性解放運動まで、〈英雄〉は戦後をどう生きたのか

なぜ戦争障害者なのか

戦争の障害者か、障碍者か、障がい者か。本書のテーマであるKriegsbeschädigte(英語で disabled veterans)を日本語で表記する際、迷いに迷った。当初は傷痍軍人や戦傷者という表現も使ってみたが、従軍看護婦や第二次世界大戦後は民間人でも空爆という軍事行為によって傷病を負った人も同じカテゴリに入ることとなったため、より適切なことばを探して、戦争によって傷ついた人という意味をこめて、タイトルを戦争「障害者」とした。

社会福祉学や障害学の分野では、「障害」という漢字表記は、害悪など否定的なイメージを想起させるために使用されなくなってきていることは、歴史学をものする筆者でも承知している。常用漢字ではない「障碍」ではなく、同じ音の「害」を用いる「障害」は、その文字から否定的なイメージが強いため、本書のタイトルを決める際に、この本を目にした人びとに不快感を与えることにならないか、という心配はあった。それでも戦争「障害者」にしたのは、序章でも書いたように、筆者自身が偏見から免れないであろうことを鑑みて、自らへの戒めとしてのことである。表記上のことで不快に思われる方がいたら、それに対しては申し訳なく思うが、漢字表記の戦争障害者というタイトルは筆者の決意表明であることは理解していただきたい。

(戦争)障害者スポーツからパラスポーツへ

表現の違いということに関して言えば、障害者スポーツをパラスポーツと言い換えるようになったことは記憶にあたらしい。本書の執筆過程で調査した際、第一次世界大戦後のドイツにおいては、戦争障害者の身体機能を維持・向上するためのリハビリが、水泳や球技、あるいは射撃などのスポーツへと発展し、徐々に競技性が高められたことを知った。パラリンピックが、第二次世界大戦後のイギリスで戦争障害者たちのスポーツ競技会から発展したことはよく知られているが、ドイツでもほぼ同時期に戦争障害者のスポーツ競技会が各地で開催されている。

戦争障害者のリハビリから始まった障害者スポーツは、ただスポーツを楽しむだけではなく、技能を競い合うことで結果的に当事者の身体機能をより高められると見なされて、競技会が開催されるようになったといういきさつがある。その競技会は、徐々に戦争によらない障害者も含めて、競技性をより追求する形で展開していったのである。「障害者」スポーツだと福祉的側面が強いため、「パラ」スポーツという表現に変更するということであったが、筆者にとってはリハビリから始まった障害者スポーツが、福祉事業であると同時に、競技性を備えた一つのスポーツ・ジャンルであることは、違和感なく理解できる。表現を変えることで、この分野に対する関心が高まることを願いたい。

福祉国家の端緒となった戦争障害者支援

本書の副題にある福祉国家は、ヨーロッパでは第二次世界大戦後に発展したシステムであるという点は、従来の歴史学でさまざまに検証されてきた。戦争障害者に焦点を当てたとき、国家による公的救済を権利として認定する福祉システムは、ドイツにおいては1920年の国家援護法が端緒となる。軍事年金の規定それ自体は、20世紀以前から国家によって保障されていたが、1920年法の特徴は、戦争障害者を社会の一員として、つまり労働する納税者として再度組み込むことを目的とした、医療支援と再就職支援の請求権を当事者に認めた点にある。この戦争障害者の支援請求権は、戦時下で毒ガスなどによって視覚障害となった戦争失明者に対する無償の盲導犬貸与が、1928年には労災による失明者にも社会保険の範囲で認められたように、ドイツでは戦間期に福祉の受給権が一般市民にまで拡大されていった。戦争障害者支援という軍事的な社会政策が一般市民にも適用されていったことは、福祉国家への第一歩を踏み出したといえよう。

戦争の経験とジェンダー、家族関係の変容

戦争障害者支援は、他方で社会のジェンダー規範、ジェンダー役割をむしろ強化した。「男性稼得者モデル」といわれる、男性が就労し女性が家族の世話をするという性別役割は、近代的な家族のあるべき姿として第一次世界大戦前夜にはドイツ社会のなかで規範化されていた。戦争障害者の再就職支援は、傷ついた男性兵士を就労する納税者として社会に統合するための方策であり、ドイツにおいては二つの世界大戦を通じてつねに強調された。本書では、この点が「労働による自立」ともいうべき方針として示されたという観点から分析を試みて、世界大戦期の戦争障害者支援が男性稼得者の再構築につながったことを示している。

また筆者は戦争による家族関係の変容という点にも関心をもち、戦争障害者とその家族の関係性を調査した。戦時下で家族の生計と世話を一手に担っていた女性たちは、夫や他の男性家族メンバーが帰還したとしても、自身の家庭外就労を継続したいと思う場合もあった。戦争障害者の夫が就労できない場合は、女性が稼得労働を続けた。男性が不在であった戦時という一種の非常事態に、社会進出したこれらの女性たちは、近代家族の象徴である男性稼得者モデルに戻ろう、戻そうとする社会の圧力に対して積極的、消極的に抵抗した。その抵抗は、第二次世界大戦後は労働分野にとどまらず他の領域にも広がっていき、ウーマンリブ運動へとつながっていった。20世紀のドイツという一つの社会において、戦争が男女関係、家族関係の変容をもたらしたことも、本書の検証結果である。

ドイツの戦争障害者を取り上げて、戦争が福祉国家の生成と家族関係の変容という社会の大きな変革をもたらしたことを示した本書が、読者の方に現代の社会とは何かを考えるうえで何かしらのヒントを示すことができたら、うれしく思う。

[書き手]北村陽子(名古屋大学大学院人文学研究科准教授)
戦争障害者の社会史―20世紀ドイツの経験と福祉国家― / 北村 陽子
戦争障害者の社会史―20世紀ドイツの経験と福祉国家―
  • 著者:北村 陽子
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(366ページ)
  • 発売日:2021-03-10
  • ISBN-10:4815810176
  • ISBN-13:978-4815810177
内容紹介:
二度の大戦により、300万人におよぶ大量の戦争障害者を生み出したドイツで、国家に奉仕した「英雄」はどのようなその後を生きたのか。公的支援や医療の発達、義肢や盲導犬などの補助具の発展と、他方での差別や貧困、ナチへの傾倒などの多面的な実態を丁寧に描き、現代福祉の淵源を示す。

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ALL REVIEWS 2021年3月30日

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