後書き

『現代中国 内政と外交』(名古屋大学出版会)

  • 2021/08/16
現代中国 内政と外交 / 毛里 和子
現代中国 内政と外交
  • 著者:毛里 和子
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(240ページ)
  • 発売日:2021-08-12
  • ISBN-10:4815810354
  • ISBN-13:978-4815810351
内容紹介:
世界政治の焦点――。強勢外交と権威主義政治は切り離せない。グローバル大国化した中国の内政と外交を同時にとらえ、国家資本主義から「周縁」問題まで、両者のネクサスに照準を合わせつつ、革命後の70年をふまえて現在の姿を浮き彫りにした、第一人者によるエッセンシャルな一冊。
『現代中国政治[第3版]』(名古屋大学出版会、2012年)、『現代中国外交』(岩波書店、2018年)など多数の著訳書があり、2011年には文化功労者として顕彰された毛里和子氏。これまでの研究を土台にした総まとめといえる最新刊『現代中国 内政と外交』をこのたび刊行しました。中国研究の第一人者として、これまでどのような研究人生を歩んできたのでしょうか。以下、新刊の「あとがき」を特別公開します。

グローバル大国化した中国、学問的にどう立ち向かうか

私が世に出す成果も最終コーナーに入りました。このあとがきでは、60年間ほそぼそと続けてきた「私の中国研究」を簡単に振り返るのを許していただきたいのです。それは本書の序章を補うものにもなるでしょう。

振り返ってみて五つの意味ある出会い、曲がり角(転機)がありました。まず、大学時代、大学院時代の中国、学問との出会いです。1960年代初め、日本では安保条約をめぐって政治的熱気が渦巻いていました。第二の曲がり角は70年代初め、米国流機能主義的地域研究、政治学研究との出会いです。背景には、実は古色蒼然たる宮廷革命だった林彪事件があり、中国にガッカリした若き中国学徒たちをロマン主義から解き放ちました。第三の転機は80年代初め、私は初めて長期に中国(主に上海)で生活し、普通の中国、中国人と接して、それまでの肩肘張った中国研究から解放されました。折しも中国では「改革開放」が怒濤のように始まっていました。第四の転機が90年代で、日本で組織的中国研究が本格化し、私もそれに主体的に加わることになりました。「変わりつつある中国」をふつふつと感じながら。第五の転機は2010年代に入ってから、中国が日本を追い抜いて世界第2位の経済大国になり、しかも尖閣諸島をめぐる領土紛争が深刻化することで、これまでなんとか保ってきた「友好と協力」の日中関係が壊れ、研究交流もできず、対日感情・対中感情ともに悪化の時代に入ってからの中国研究です。1950年代に中国研究を始めた世代からすれば、まったく想定外の事態になったのです。

中国との最初の出会い

お茶の水女子大学の学生だった頃から、現代中国に関心をもっていました。最大の理由は、1950年代末から60年代初めの中国が、貧困のなかで大躍進運動のような若々しい実験をしており、米国にも、ソ連にも、日本の現状にも飽き足らなかったわれわれ若い世代を強く惹きつけたからです。いまでは、「暗黒の時代」として描かれるのが普通ですが、当時のわれわれの眼には「脱近代」への新しい試み、とまぶしく映ったのです。卒業論文では「浙江財閥と蔣介石政権」を、修士論文では「北伐期の武漢国民政府」を書きました。

その後私は、米国の中国研究のなかでも傍流のそれ、地主と農民、中央権力と周縁という「二つの抗争」で長い中国の歴史を描き切ったオウエン・ラティモア教授の中国研究、辺境研究、モンゴル研究に惹きつけられました。後に、『周縁からの中国』を書こうと思ったのは、ラティモアの強い影響があったからです。当時米国では、ハーバード大学のジョン・K.フェアバンク教授が官僚制と儒教の視角から中国史を描いて、中国学の主流を形成していました。

文化大革命とベトナム戦争が米国の中国研究者を混乱に陥れました。日本でも、文化大革命をどう評価するかで研究者の見解が大きく割れました。私自身は、日本国際問題研究所という小さな研究機関で、現代中国についての資料集(『中国共産党史資料集』、『新中国資料集成』)をこつこつと編集していました。文革の行く末をじっと見つめながら。

憧れから分析の対象へ――機能主義への接近

中国研究を進めるなかで最も衝撃的だったのは、1971年に起こった「林彪事件」でした。この事件は、現代中国にも伝統が生き続けていることを遺憾なく示しました。伝統中国から続いた宮廷内の醜い権力闘争と現代中国の路線闘争は、結局は同じではないか、と痛感したのです。「脱近代」も「新しい実験」も、実は空疎な言葉の遊戯だったのです。

これ以来私は、意識的に米国流の機能主義的アプローチを使って現代中国の政治や社会を分析しようと試みました。ジョン・M.H.リンドベックが編集したChina :  Management of a Revolutionary Society(1971)は私の蒙を啓いてくれました。ルシアン・パイ、チャルマーズ・ジョンソン、マイケル・C.オクセンバーグ、ガブリエル・A.アーモンドなど、当時最も脂の乗った研究者が、社会科学で中国を分析してみせました。この機能主義的中国分析の一つの結果が『現代中国政治(初版)』(1993年)です。

中国研究には苦難がつきまといます。中国が複雑な内実をもっているからです。一つは、社会主義を「体」としていること、もう一つは、経済の離陸を主内容とする近代化を目標に掲げる発展途上国であること、そしてもう一つは、政治社会の底層に残っている「伝統」の重みです。この三つがどう絡み合うのかも大きな問題です。

さらに、日本人が当代中国を研究する上で固有の困難もあります。近代以来の日本の中国侵略の問題です。侵略をした「負い目」は「贖罪の意識」として日本の中国研究者を拘束します。この拘束を免れるのはなかなかむずかしく、客観的な中国分析の目を曇らせます。この拘束から自由になれるのは、おそらくわれわれの次の次の世代の研究者でしょう。

ともかく、機能主義をとることで、中国はある種のロマンや憧れの対象から分析の対象に変わりました。1980年代、90年代は日本の中国研究にとって稔り多い時代となりました。

現代中国との出会い

私が初めて中国大陸を訪れたのは1978年末です。まさに、改革開放が始まろうとしていた時です。北京の「西単の壁」は壁新聞であふれ、上海外灘の上海市党委員会・市政府には下放した新疆から戻ってきたたくさんの知識青年たちが「職をよこせ」と激しいデモをしていました。その人の多さに本当にびっくりしました。

1981~83年に、上海の日本総領事館で初代の専門調査員をする機会を得ました。上海の現実は「最高の教科書」でした。この間、「都市部の失業問題と中国政治」というテーマで研究しました。この現実中国との出会いが80年代半ばからの私の中国研究の方向を決めました。当時対外開放は始まったばかりでしたが、そのなかで、上海社会科学院、復旦大学、上海国際問題研究所は時代の先端を行っており、われわれのような怪しげな外国人研究者に付き合ってくれました。以来、上海の研究機関とのお付き合いはおよそ40年になります。

組織的な現代中国研究

1990年代半ばから、日本では、現代中国研究を組織的に本格的にやろう、という機運が生まれてきました。あまりに中国の変化が激しく、そのプレゼンスが大きくなってきたからです。鋭利な社会科学の武器で、生まれ変わった大国を真摯に分析する必要が出てきたのです。次のような大型研究が始まり、私はそのリーダーをつとめました。

 ・文部科学省科学研究費重点領域研究 現代中国の構造変動(1995~98年)
 ・21世紀COE 現代アジア学の創生(2002~06年)
 ・人間文化研究機構(NIHU)現代中国地域研究拠点連携プログラム(2007年~)。

これらの共同研究で日本の現代中国研究はかなり進んだと思いますが、私自身にとっても大変よい刺激になりました。おかげで中国研究について、序章でも述べた「三つの挑戦」を試みるようになりました。繰り返しますと、第一が、二項対立ではなく、三元構造として中国の政治社会を観察する(三元構造論)、第二が、中国のケースをアジアのその他の国々との比較で観察する(中国のアジア化)、第三が、言説や政策の変化に惑わされることなく、制度から中国の変化の有無を跡づける(制度化の視点)、の三つです。

巨大な強国=中国に学問的にどう立ち向かうか

問題は第五の転機、2010年以後立ち現れてきた巨大な新興国=中国にどう対応するか、どう客観的に分析するか、です。事柄の大きさからすれば、始まったばかりのプロセスです。しかし日本の現代中国研究は、世界的に見て決してレベルが低くはないと自負しています。とくに次の三点で、欧米の研究に負けないものをもっています。第一に、改革開放以後の中国経済、中国政治、中国社会についての研究成果が豊かである。第二に、経済学、社会学、環境学、文化人類学など、現地調査をし、そのデータの解析が進みつつある。第三に、現状分析と現代史および近代史の研究者の連携作業、共同の作業が増え、100年の長いタームで現代を照射するようになっており、この面での成果が欧米を超えている、と考えます。

ところで中国研究を振り返って一つ大きな悔いが残ります。戦前の日本の中国研究(内藤湖南や宮崎市定を代表とする東洋学)を、筆者も含めて戦後の研究者がほとんど継承しなかったということです。もったいないことをしたと、とても残念です。いまでは中国の研究者が内藤湖南の見直しをしていると聞きます。

いろいろな意味で豊かな資産がある日本の現代中国研究を、次の世代の方々が批判的に継承し、より良いものに育てていってほしいと切望いたします。拙い本書がその小さなきっかけになれば大変に幸いです。

[書き手]毛里和子(早稲田大学栄誉フェロー・名誉教授)
現代中国 内政と外交 / 毛里 和子
現代中国 内政と外交
  • 著者:毛里 和子
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(240ページ)
  • 発売日:2021-08-12
  • ISBN-10:4815810354
  • ISBN-13:978-4815810351
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世界政治の焦点――。強勢外交と権威主義政治は切り離せない。グローバル大国化した中国の内政と外交を同時にとらえ、国家資本主義から「周縁」問題まで、両者のネクサスに照準を合わせつつ、革命後の70年をふまえて現在の姿を浮き彫りにした、第一人者によるエッセンシャルな一冊。

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