書評

『古代史の流れ』(岩波書店)

  • 2022/11/15
古代史の流れ / 上原 真人
古代史の流れ
  • 著者:上原 真人
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(337ページ)
  • 発売日:2006-10-24
  • ISBN-10:4000280686
  • ISBN-13:978-4000280686
内容紹介:
新しい古代史像の構築をめざすシリーズ『列島の古代史』。その締めくくりとなる本巻では、1〜7巻で展開される多角的なテーマ別の論究を総合し、農耕社会の成立から平安京の時代にいたる歴史の流れを俯瞰する。考古学と文献史学、さらに人類学、環境学の最新の研究成果を踏まえた通史的叙述により、「日本」の歴史的原型の形成過程としての古代史を新たな視点から描き出す。

王権は大阪へ移ったのか、広がったのか

日本列島に国家が成立した古代の歴史の流れを描く『列島の古代史』の最終巻である。最近の風潮として、日本という冠をつけずに「列島」といえば、日本列島を意味するということではあるが、そこに日本とないのは日本像の揺れとも関係があろう。

この古代史のシリーズは、これまで「古代史の舞台」「暮らしと生業」「社会集団と政治組織」「人と物の移動」「専門技能と技術」「言語と文字」「信仰と世界観」といった七つのテーマを切り口に探ってきており、ここで通史を叙述している。多くは、通史があってテーマ編へと続くのだが、逆になっているのが味噌(みそ)である。

これには個々の専門研究が進み豊かな内容が提出されてきていること、しかしその面白さに比較して通史を描くことが著しく難しくなっていることの反映であろう。本シリーズも謳(うた)う「文献史学と考古学の緊密な連繋(れんけい)」といった学際的な共同研究の必要性が叫ばれるなかで、個別の専門分野の研究は進んでも、全体像を明らかにしがたくなっているのである。

この困難な通史叙述に、編者が取り組んだのが本書である。最初に白石太一郎「倭国の形成と展開」が、日本列島に農耕社会が成立し、古代国家が形成されてゆく道筋を、考古学の成果から語っている。様々な問題を巻き起こしながら注目を浴び続ける現今の考古学の研究状況をしっかり見据えつつ、発掘の成果に基づいて日本列島に古代社会が生まれ成長してゆく流れを描いている。

次の吉村武彦「ヤマト王権と律令制国家の形成」は、律令国家へと至るヤマト王権の歴史の流れを、文献史学の成果に基づいて丹念に描いている。『日本書紀』『古事記』、大陸の記録の読解を主にしながら、考古学の発掘の成果を吸収して叙述している。

この二つの論考は対象とする時期が重なりあうだけに、方法の違いと、読み解きの違いが見えてきてまことに興味深い。特に古墳から国家の政治を捉える立場と、文献から捉える立場の違いが浮かび上がってくる。

たとえば三世紀中葉から四世紀中葉にかけては奈良盆地東南部に営まれていた王墓が、その後半になると大阪平野の南部に移ってゆくことが広く認められているが、その理解をめぐって意見の大きな相違がある。

白石は、奈良盆地に基盤を置く勢力に替わって、新しく大阪平野南部に基盤を置く勢力が王権を掌握したものと解釈する。王の権力基盤の近くに王墓が築かれるという立場である。これに対して吉村は、これが応神王(天皇)の時期に対応するものと見て、前方後円墳に大きな変化が認められないので、ヤマト王権の政治的経済的発展に対応して大阪平野の南部に築かれたと見る。

古墳の位置を重視するか、その内容を重視するかによって、解釈がわかれているのである。はたして王宮は王墓のすぐ近くに造られなければならないのか、あるいは王宮はそのままに王墓を違った地に移すのは何のためか、二つの説がまだ説得力ある説明を行っていないため、違いがそのままになっているように私には思われる。

続いて吉川真司「律令体制の展開と列島社会」は、古代国家の展開をほぼ百年ごとに三つの時期、つまり律令体制の成立期、全盛期、解体期に分けて叙述する。律令体制が唐の制度に範をとり、体制を整えてゆく流れを論述する。

ここで注目すべきは、全盛期を七三八年(天平十)ころの時期から見ている点である。従来は大宝律令が制定されると、ほどなく矛盾が露呈して墾田永年私財法を制定してゆくなかで、政治的に混乱し衰退の道をたどったとされてきたが、むしろこの時期から律令体制が再編・修正された最盛期と評価するのである。

この点、日本の社会は九・十世紀ころになるまで長期にわたって受容するなかで、古典的な国制を整えていったとみる吉田孝の研究を強く意識し、それを批判的に克服しようとした意欲作であるが、全盛期とされる七三八年の画期性の説明をはじめ、今後の研究に期待したい。

上原真人「平城京・平安京時代の文化」は、考古学の立場からこの時代の文化を論じ、異色な文化史となっている。特に仏教寺院の発掘から見える古代文化のありかたを探る。掘立柱建物と瓦葺(かわらぶき)建物の違いから、耐久性や居住性・権威性を読みとり、文化の展開を探ってゆく視点が興味深い。残念なのは平安京時代の山岳寺院が見通しに止(とど)まったことである。

なお特論には、中橋孝博「『倭人』への道」、辻誠一郎「古代史の環境」があり、人類史、環境史の視点からの通史が試みられている。割当の枚数が少ないなか、これまでの成果がコンパクトにまとめられており、研究の動きや問題点がよくわかる。

通史の難しさと可能性を感じた一冊である。
古代史の流れ / 上原 真人
古代史の流れ
  • 著者:上原 真人
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(337ページ)
  • 発売日:2006-10-24
  • ISBN-10:4000280686
  • ISBN-13:978-4000280686
内容紹介:
新しい古代史像の構築をめざすシリーズ『列島の古代史』。その締めくくりとなる本巻では、1〜7巻で展開される多角的なテーマ別の論究を総合し、農耕社会の成立から平安京の時代にいたる歴史の流れを俯瞰する。考古学と文献史学、さらに人類学、環境学の最新の研究成果を踏まえた通史的叙述により、「日本」の歴史的原型の形成過程としての古代史を新たな視点から描き出す。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2006年11月26日

毎日新聞のニュース・情報サイト。事件や話題、経済や政治のニュース、スポーツや芸能、映画などのエンターテインメントの最新ニュースを掲載しています。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
五味 文彦の書評/解説/選評
ページトップへ