書評
『翻訳教室』(朝日新聞出版)
学生と考える最良の訳文
二〇〇四年から〇五年にかけて、東大文学部で三、四年生を対象にして行われた「翻訳演習」の授業の筆記録である。課題となる原文は、ヘミングウェイからレイモンド・カーヴァーを経てレベッカ・ブラウンに至る現代アメリカ小説。これに村上春樹とカルヴィーノの英訳を加えた全九編だ。
各原文の長さは教科書のほぼ一ページ程度で、長いものでも二ページ強。計十数ページの原文を日本語に翻訳することがこの授業の課題である。その作業に、教師と学生たちは本書三三〇ページの対話を費やしている。どれほど細密な共同作業か、それだけでもよく分かるだろう。
その結果、普通は翻訳者の頭のなかで起こる解釈と訳語の定着という些事(さじ)の連続が、教師と学生の会話をとおして、具体的な取捨選択のプロセスとして明瞭(めいりょう)に浮かびあがってくる。
そして、ここに現れる翻訳とは、大学受験の英文解釈のように定式化される作業ではなく、ああでもないこうでもないと絶えず頭脳と感性を酷使し、最良の訳文を求める一回一回命がけの日本語との格闘なのだ。
その厳しさが和らぎ、楽しい読み物に仕上がっているのは、教師の絶妙のユーモア感覚のおかげである。
朝日新聞 2006年4月2日
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