自著解説

『量子力学10講』(名古屋大学出版会)

  • 2022/04/11
量子力学10講 / 谷村 省吾
量子力学10講
  • 著者:谷村 省吾
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(200ページ)
  • 発売日:2021-11-04
  • ISBN-10:4815810494
  • ISBN-13:978-4815810498
内容紹介:
肝心な筋道だけをコンパクトにまとめた、待望の教科書。古典力学との対応にこだわることなく、量子力学をそれ自身で完結したものとして捉え、確率振幅からエンタングルメントや調和振動子まで、明快に記述。線形代数がわかれば、量子力学もわかる!

大学1年生のときに読みたかった 量子力学の教科書

「線形代数がわかれば量子力学もわかる」――私が書いた本


私は昨年(2021年)11月に『量子力学10講』という題の本を名古屋大学出版会から出しました。タイトルどおり10回の講義で量子力学を解説するような形で書いた本です。読者としては現代の理系の学部1年生を想定しており、学生が初めて独習する量子力学の本として使えるようにと思って書きました。また、本の正誤訂正と補足ノートをネットに公開しています。

「線形代数がわかれば量子力学もわかる」をスローガンに、本書では線形代数の延長として量子力学を捉えるというスタイルを採りました。竹内外史氏の『線形代数と量子力学』(裳華房)が、まさにそういう方針で書かれた本だと思います。『線形代数と量子力学』は、たんに線形代数に量子力学を「味付け」した本ではなく、ヒルベルト空間と射影作用素・自己共役作用素・ユニタリ作用素などの数学的諸概念をクリアに解説した上で、確率解釈や非可換物理量の物理学的意義を明示し、付録(と言っても本文の3分の1を占める)で量子論理を解説する、という個性的な構成になっています。

私の著作では有限次元ヒルベルト空間上の行列で書ける物理量を中心に理論を展開しました。もちろん無限次元ヒルベルト空間を導入しなければ正準交換関係を満たす位置と運動量の演算子を表現できないので、無限次元空間の例も紹介し、有限次元では起きないが無限次元では起きる数理的現象もできるだけ紹介しました。ハミルトニアンに限らない一般の物理量演算子のスペクトル分解と確率解釈を解説した一方、井戸型ポテンシャルや水素原子のハミルトニアンの固有値・固有関数を求めるような量子力学の伝統的な問題は扱いませんでした。とくに最近流行の量子情報理論の文脈では、有限次元のヒルベルト空間を用いた量子力学でも十分に豊かな理論が展開できるし、応用の意義もあるので、本書では思い切って有限次元に偏った解説をしました。とくに可換物理量と非可換物理量の相違点は強調しました。ただ、典型的な量子力学モデルである調和振動子だけは無視することができなかったので、無限次元ヒルベルト空間で生成消滅演算子を用いて調和振動子の固有値・固有関数を求める手続きは明示しました。ついでにインピーダンスという工学的に重要な概念を調和振動子の文脈の中で解説しました。そうやって、平易とは言え、量子力学の数学的構造と物理学的意味については肝心な内容を筋道立てて解説したつもりです。初学者の方は、この本を読んだあと、もっと本格的な量子力学の本を読めるようになってほしいと思います。


私の、量子力学の学習歴――大学入学以前


「量子力学」という学問があるらしいと私が知ったのは、中学生だったときです。私の年代の「科学好き」の少年にありがちなことだと思いますが、私は講談社のブルーバックスシリーズの相対性理論関係の本を読み漁っていました。相対論についての啓蒙書を一通り読んだ気になると、今度は量子論が目に入って来ました。ブルーバックスシリーズの中に片山泰久氏の『量子力学の世界—はじめて学ぶ人のために』という本があったので、まずこれを手に取りました。中学生だった私の感想は、よくわからない、というものでした。いま片山氏の本を見ると、湯川秀樹氏による序文があり、著者がこの本に寄せた意気込みが感じられるし、歴史順に沿って量子力学の基本的なことがらを一通り書かれていていることがわかりますが、中学生向きではなかったと思います。

その後しばらく量子力学を思い出すことはなかったのですが、高校の化学の先生が、原子の電子殻構造と原子の結合の話、とくに炭素や酸素の原子の外周に電子が8個あると電子が入れる場所が満席になる(「8個で嬉しい」と化学の先生は説明していました)とか、2つの原子が2つの電子を共有すると原子の結合の腕が1本できるとかいう説明をしました。「どうして電子8個で嬉しいのか、どうして電子を2個共有すると原子は結合するのかという理由を知りたい人は、大学に行って量子力学を勉強してください」と言っていたことが印象に残りました。

高校3年生のときのクラス担任の先生は物理の先生でした。私は物理が好きだったので、先生に目を掛けてもらったと思います。私が進学する大学も決まった頃に、先生が「君に本を買ってあげる」と言い出して、私を名古屋駅の地下街にあった三省堂書店に呼び出して「高木貞二の解析概論か、朝永振一郎の量子力学か、どっちがいい?」ということを言われました。本屋で2冊を見比べさせてもらって、高木貞二の『解析概論』は活字も見にくくて、説明も難しそうで、高校の数学とは違いすぎると思いました。私は、大学に入ったら量子力学が必要になるんだ、もともと量子力学を知りたかったんだ、という気持ちになって、朝永振一郎の『量子力学』の方を選び、先生に買ってもらいました。

家に帰って、さっそく朝永振一郎の『量子力学』を読み始めたのですが、最初の4ページ目に出て来た数式の中のexpという記号が何なのかわからず、多重積分が書かれているところであっさり挫折しました。いまの私なら、その数式はボルツマンの古典統計力学的な確率を表していることはわかりますが、高校3年生の私は指数関数がexpと書かれることすら知らず、多重積分も知らなかったので、理解できるはずがありませんでした。


何かを徹底的に学ぶということ


大学に入学したのち、化学や物理の講義を受けたり、図書館で本を借りたり、自分で本を買って読んだりすることを繰り返し、四苦八苦して量子力学がだいぶわかったような気になりました。大学院を修了し、就職してからも、量子力学は私にとってつねに中心的なテーマであり、勉強は欠かせません。研究室の本棚には「量子」か「Quantum」という語がタイトルに入っている本が何冊も並んでいます。妻はそれを見ると、「量子ばっかり。どうして同じ本をこんなにたくさん買うの? 一冊にしておいたら」と、あきれ気味に言います。「いや、同じじゃないんだ、どれも違うんだ。一冊の本に全部の内容を書ききることは不可能なので、著者ごとに本に書く題材を取捨選択するし、取捨選択するためには著者が何を大切と思っているかという視点が入るので、同じ『量子力学』でも必ずちょっとずつ違う本になるんだ。そうやって集めた知識を自分の中で一つに組み立てるしかないんだ」と私は言い訳しています。

余談ですが、私は数学の本でも物理の本でも、必ず「まえがき」からじっくり読む癖があります。自宅でそうやっていると、妻は「一生懸命読んでいるなあと思ったら、まえがき! そこ、読むの?」と言いますが、「いや、まえがきに一番著者の個性が出るんだ。数学や物理の本は、他の本とまるっきり違ったことは書けないけど、まえがきは一番自由な部分で、ここに著者の思いが一番強く現れているんだ」と、また言い訳にならない言い訳を私はしています。

物理学の教科書にも流行り・廃りというものがあり、昔は物理学科の学生はみなこれを読むと決まっていた本も、よりわかりやすく、新しい内容を盛り込んだ本に人気を奪われていくものです。昔の本は、標準的教科書ではなくなり、書店の店頭から姿を消すか、あるいは趣味的に読まれる本になっていきます。それはそれで学問が発展している証だと思います。

ですので、いま私が書いた話も、現代の学生に「この本を読むといいよ」という紹介としては通用しないかもしれません。学生の勉強方法も、今では、紙媒体の書籍よりも、ネットに上げられているノートや解説動画の方が主流になっているかもしれません。それでも一つの学問分野を修得するためには、「これさえ読めばよい」という唯一の教材というものはなく、ある程度は品を替えながら、一つ一つ丁寧に読むなり視聴するなりして自問自答を繰り返しながら吸収し、自分の中の蓄積が、たんなる寄せ集めの知識ではなく、筋の通ったストーリーになるまで根気強く取り組むしかないし、いつまでもレベルアップを目指し続けるものなのだ、という教訓は残せるのではないかと思います。

最後に、これは、どんな本でも1回読めば理解できるような秀才ではない学生へのアドバイスですが、何かをマスターしたいと思うなら自分の中で熟するまで時間がかかることを覚悟して徹底的に学ぶのが正攻法だ、と言いたいです。また、勉強を動機づけてくれる先生や、良い本を紹介してくれる先生や、ともに学び切磋琢磨する友人に出会ってほしいと思います。そして、書籍を通して著者の思考に近づく喜びを味わってほしいと思います。

[書き手]谷村省吾(名古屋大学大学院情報学研究科)
量子力学10講 / 谷村 省吾
量子力学10講
  • 著者:谷村 省吾
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(200ページ)
  • 発売日:2021-11-04
  • ISBN-10:4815810494
  • ISBN-13:978-4815810498
内容紹介:
肝心な筋道だけをコンパクトにまとめた、待望の教科書。古典力学との対応にこだわることなく、量子力学をそれ自身で完結したものとして捉え、確率振幅からエンタングルメントや調和振動子まで、明快に記述。線形代数がわかれば、量子力学もわかる!

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

数学・物理通信

数学・物理通信

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
名古屋大学出版会の書評/解説/選評
ページトップへ