書評

『東アジアノート 小泉訪朝同行記』(ランダムハウス講談社)

  • 2017/07/29
東アジアノート 小泉訪朝同行記 / 近藤 大介
東アジアノート 小泉訪朝同行記
  • 著者:近藤 大介
  • 出版社:ランダムハウス講談社
  • 装丁:単行本(276ページ)
  • 発売日:2006-06-23
  • ISBN-10:4270001291
  • ISBN-13:978-4270001295
内容紹介:
平壌・北京・台北・ソウル。4都市でうごめく変動の予兆を捉えた渾身のルポ。
何気なしに読み出したら、とまらなくなった。

書名の通り、東アジアの各国や地域についてのルポルタージュである。内容は北朝鮮にとどまらず、韓国、台湾、中国大陸まで及んでいる。

月刊誌の記者として、著者は小泉首相の二度にわたる北朝鮮訪問に同行し、二〇〇二年の韓国大統領選、二〇〇四年の台湾総統選、北京版ダボス会議も取材した。大統領候補から名もない市民までのインタビューや、現地で目にしたことがつづられている(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2006年)。

北朝鮮の報道といえば、軍事的な動きや飢饉の状況、金正日(キムジョンイル)の奇矯な言行に集中しがちだ。著者が注目したのは平壌市民の日常、監視者の目を盗んで、こっそりとホテルを抜け出し、ときには敢然と交渉して外出の機会を狙う。商店をひやかし、レストランで食事をする。あるいは、市民と直接会話を交わす。むろん、北朝鮮は言論統制の国である。とはいえ、平壌市民との一問一答はやはり興味を引くものがある。たとえ模範的な回答でも、相手の表情、会話の文脈、言外の意味から、本音の一部や洗脳の様子を読み取ることができる。ほんのわずかな部分かもしれないが、この部族国家の一面を垣間見ることができた。

盧武鉉(ノムヒョン)へのインタビューでは驚くべき機転と行動力が発揮された。韓国大統領選挙中に側近はマスコミの取材をすべて断った。そこで、支持者を装って予選会場に入り、突然の取材を試みる。その辺りは記者根性が躍如としていて微笑ましい。

国際政治については、理屈ではなくあくまで皮膚感覚で理解しようとしている。だから、見えてくることが違うし、結論も紋切り型にならない。たとえば、盧武絃の大統領当選について、いかめしい分析をするのではなく、その不思議な強運ぶりと関連させて原因を探る。一見、邪道のようだが、案外、韓国社会の変化をよくとらえており、また、朝鮮半島の人々の心情や発想を知る手がかりにもなる。

エピソードのあしらい方も巧い。二〇〇四年の台湾総統選挙については、冒頭から「ヨン様」ブームの熱狂ぶりを紹介する。そこから南部と台北との温度差へと話題を広げ、選挙との接点が見えてきたところで、ようやく陳水扁を登場させる。ここでも、市長時代のインタビューという挿話が持ち出された。わずか数行だけで、陳水扁の四角四面の人間像が手に取るように見えてきた。平明で軽快な文章も現場の雰囲気を的確にとらえている。

記者だけあって、メディアを見る目は厳しい。北朝鮮の空港で某テレビ局は拉致被害者の子どもたちへのインタビューに成功した。ところが、せっかくの大スクープも上司の判断で没にされた。なるべく安全地帯に止まりたいという意志の腐敗に対し、著者は容赦ない批判を加えた。また、台湾海峡危機の際の報道がいかに現実からかけ離れていたかについても、直言してはばからない。

むろん、世の中には完壁な本はない。本書も細部においては小さなまちがいはあるし、中国については金持ちの集まりの見聞に限られている、それでも、これまであまり知られていない東アジアの一面を明らかにしたのはまちがいない。

ジャーナリストという職業は深い洞察力と的確な判断力が求められる。時流をひたすら追うのではなく、また、表面的な現象に惑わされるのでもない。問題の本質をよくとらえ、正確に公衆に発信しなければならない。かりに少数意見でも、正しいことは堂々と主張する、本書を読みながら、そんな訴えが聞こえてくるような気がした。

【この書評が収録されている書籍】
本に寄り添う Cho Kyo's Book Reviews 1998-2010 / 張 競
本に寄り添う Cho Kyo's Book Reviews 1998-2010
  • 著者:張 競
  • 出版社:ピラールプレス
  • 装丁:単行本(408ページ)
  • 発売日:2011-05-28
  • ISBN-10:4861940249
  • ISBN-13:978-4861940248
内容紹介:
読み巧者の中国人比較文学者が、13年の間に書いた書評を集大成。中国関係の本はもとより、さまざまな分野の本を紹介・批評した、世界をもっと広げるための"知"の読書案内。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

東アジアノート 小泉訪朝同行記 / 近藤 大介
東アジアノート 小泉訪朝同行記
  • 著者:近藤 大介
  • 出版社:ランダムハウス講談社
  • 装丁:単行本(276ページ)
  • 発売日:2006-06-23
  • ISBN-10:4270001291
  • ISBN-13:978-4270001295
内容紹介:
平壌・北京・台北・ソウル。4都市でうごめく変動の予兆を捉えた渾身のルポ。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2006年7月23日

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