自著解説

『帝国のフロンティアをもとめて―日本人の環太平洋移動と入植者植民地主義―』(名古屋大学出版会)

  • 2022/09/02
帝国のフロンティアをもとめて―日本人の環太平洋移動と入植者植民地主義― / 東 栄一郎
帝国のフロンティアをもとめて―日本人の環太平洋移動と入植者植民地主義―
  • 著者:東 栄一郎
  • 翻訳:飯島 真里子,今野 裕子,佐原 彩子,佃 陽子
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(430ページ)
  • 発売日:2022-06-15
  • ISBN-10:4815810923
  • ISBN-13:978-4815810924
内容紹介:
環太平洋の各地へと展開した日本人移植民の知られざる相互関係を、入植者植民地主義(セトラー・コロニアリズム)の概念を用いて一貫して把握。移民排斥を受けた日系アメリカ人によって帝国内外へ移転された人流、知識、技術、イデオロギーの衝撃を初めて捉え、見過ごされたグローバルな帝国の連鎖を浮かび上がらせる。アメリカ歴史学会ジョン・K・フェアバンク賞受賞作。
アメリカ歴史学会のジョン・K・フェアバンク賞(2020年度)を受賞した話題作『帝国のフロンティアをもとめて』が今年、日本語に翻訳されました。毎日新聞や朝日新聞で書評記事が掲載されるなど、さっそく注目を集めています。
今回、原著者の東栄一郎(あずま・えいいちろう)氏から、日本の読者へ向けて特別にメッセージをお寄せいただきました。以下、初公開いたします。

著者のことば――「移民問題」を考えるためのもう一つの視点

今日、「移民」は巷でよく聞く言葉の一つであろう。少子化や労働人口の減少、ひいては年金制度の存続などの問題と関連して、「移民」は一種の特効薬のように語られることが多い。そこで前提となっているのは、日本社会が移民の受け入れ先となっているという構図である。つまり「移民」とは日本人の利益のためにやってくる外来者として理解されている。これを多文化主義などの理念や功利主義的論理で肯定的に考えようとも、逆に文化・民族的純粋性や秩序が阻害されるとして否定的に捉えようとも、人々の移動は日本へ向かう一方通行の動きと理解され、元来の住人である日本人の社会に取り込まれることが前提となっている。

「移民」を送り出してきた日本

しかし近代日本の歴史においてこのような形態の「移民」はかなり最近、正確には1970年代以降の現象であり、それ以前の日本はむしろ移民を送出する側であった。またその移民たちは日本を出た後も多方面へ移動しており、北米から南米、東南アジア、南洋へ、さらには満洲や台湾などの日本の植民地へ向かう再移民もめずらしくなかった。そして、日本がその植民地へ送出する「移民」たちは新領土に定住する「植民」と同義語でもあり、そのため戦前の文献資料では「移植民」という言葉が多用されていた。そこでは移植民たちの個々の活動と定住の意義は、国力の「平和的膨張」や民族の「海外発展」などの修飾語とともに語られ、満洲移民やブラジル移民の例からもわかるように、植民地と非植民地の違いにかかわらず国家によって奨励されるものであった。

本書『帝国のフロンティアをもとめて』は「移民」と「植民」の同義性を検証し、日本人入植者が農業開拓を通じて海外各地の「フロンティア」を開拓し支配することを理想とする、全方位的帝国主義の「平和的」手段として機能していたことを明らかにする。そこでは、最近の欧米帝国研究で多用されている「入植者植民地主義(settler colonialism)」という概念を用い、特に北米での日本人移民の「フロンティア」体験が母国の植民地も含めた世界の各地における定住地建設のモデルとなっていたことに注目する。北米式農業開拓を介した定住地建設とその民族ネットワークが、アジア太平洋地域で米英白人帝国と覇を競いながら、国境なき植民地帝国を打ち建てようとする戦前の日本の動きを後押ししていたのである。

「移民」と「植民」、当時の日本人は

二冊目の単著となるこの本は、その完成までに20年近い年月を費やした。もともと本書の主題である「移民」と「植民」、そして太平洋を跨いで展開した移植民海外発展論と近代日本の植民地主義との交差点への関心は、2005年に出版した英文の単著(日本語版は『日系アメリカ移民 二つの帝国のはざまで』明石書店、2014年)のために行った一次資料調査が、その起点となっている。リサーチの過程で明らかになったのは、太平洋戦争以前、北米や南米に向かった移民たちが、自らの活動やアイデンティティを日本帝国内を移動する植民活動と区別してはいなかったことであった。多くの一次資料には、「開拓」や「海外発展」などの理念を通じて、当時の日本人が、国家の主権範囲外への移動やそこでの様々な活動と、帝国勢力圏内での移動と植民行為とを、「移植民」活動として同一視してしまう状況が顕著に現れていた。

しかしこのような歴史主体の観点や行動は、研究者たちによって理論的視点から「移民」と「植民」という別個の事象として扱われており、さらに一方で南北アメリカ大陸へ向けた人流、他方で東アジア内での人流というように、あたかも物理的空間においても完全に隔絶された歴史現象として認識されていた。このような研究者たちの関心から抜け落ちていた歴史的主題としての移植民問題は、既存の歴史分析では対処できないものであることが明らかであり、そこで辿り着いた自分なりの理論的パラダイムが、本書で展開する日本型「入植者植民地主義」という考えだったのである。

戦後日本にも根強く蔓延る入植者植民地主義

また読者にとくに伝えたいのは、日本の入植者植民地主義は、そのイデオロギー的根幹を占めた「海外発展」(もしくは「平和的膨張」)という概念を通じて、戦後の日本の平和主義や国際貢献などの言説に未だ根強く蔓延っているという点である。戦後日本の南米移民政策とそれを支えた平和的貢献などの言説には、日本人の植民開拓者としての人種的、文化的優越性を誇示する思想が内包されていた。また海外発展論がその思想的前提とした日本人とラテンアメリカ人との階層的関係性は、国策移民制度終結後の1990年代から盛んになった新たな日系人政策にも連綿として引き継がれていることも見逃せない。その政策とは、日本文化の海外膨張を世界文明の発展の一環と考える戦前のイデオロギーを彷彿とさせる日系人研修制度で、それは国際貢献という考えを血統主義的教育活動に重ね合わせ、現地化したラテンアメリカ日系人の若者(特に二世、三世)に優れた「母国」の文化や技術を(再)教育するというものである。その根底には、本書の最終章で扱った日本帝国の「海外出生同胞」に対する教育思想や、そのプログラムを支えた戦前日本の入植者植民地主義の人種思想に通じる何かが存在しているように映る。またその裏面として、血のつながりの論理に則り日系人に特別な労働滞在ビザを発給し、同時に日本資本主義の発展のために彼ら彼女らを3K[きつい・汚い・危険]労働者として搾取するという血統人種主義と発展主義が混じり合った日系人「移民」政策には、戦前の入植者植民地主義の持っていた本質の諸相が露見しているように感じられる。

この意味で本書が語った移植民の歴史は、帝国崩壊後の日本が持ち続ける帝国性の諸相を顕示してくれるものであるともいえよう。もちろんその帝国主義の残滓は、移民を受け入れる側となった現在の日本社会が外来の定住者に対して投げつける排外主義(他者化による消去)や同化主義(独自性の否定による吸収)、つまり表裏一体化して入植者植民地主義の重要な構成要素をなす「排除の論理」として日常的に現れている。この点から、近代日本人の経験における戦前と戦後の連続性を理解するための一つの鍵となるのが、日本型入植者植民地主義の歴史であるといえよう。本書の読者がこれまで語られることのなかった「移植民」をめぐる近代日本の歴史への関心を深め、現在の「移民問題」を単なる経済的功利主義や文化適応の可否の観点から見るのではなく、日本社会に根強く残る植民地主義的志向との関連から考える機会になればと希望している。

[書き手]東栄一郎(ペンシルベニア大学歴史学部教授)
帝国のフロンティアをもとめて―日本人の環太平洋移動と入植者植民地主義― / 東 栄一郎
帝国のフロンティアをもとめて―日本人の環太平洋移動と入植者植民地主義―
  • 著者:東 栄一郎
  • 翻訳:飯島 真里子,今野 裕子,佐原 彩子,佃 陽子
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(430ページ)
  • 発売日:2022-06-15
  • ISBN-10:4815810923
  • ISBN-13:978-4815810924
内容紹介:
環太平洋の各地へと展開した日本人移植民の知られざる相互関係を、入植者植民地主義(セトラー・コロニアリズム)の概念を用いて一貫して把握。移民排斥を受けた日系アメリカ人によって帝国内外へ移転された人流、知識、技術、イデオロギーの衝撃を初めて捉え、見過ごされたグローバルな帝国の連鎖を浮かび上がらせる。アメリカ歴史学会ジョン・K・フェアバンク賞受賞作。

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ALL REVIEWS 2022年9月2日

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