『出雲国風土記』とは何か
日本最古の歴史書『古事記』が完成した翌年の西暦713年、諸国に対して、その国の産物や土地の名前の由来、神話伝承などを記した報告書を提出せよ、との命令が出されました。この命令によって作られた報告書が風土記です。60余りあった国ごとに作成されたのですが、現在残るのは5ヵ国のみで、ほぼ完全な形で残るのは『出雲国風土記』だけです。地図編 ―『出雲国風土記』の登場地を探る―
風土記とは、現代の書籍の分類では地誌に当たるものであり、日本最古の地誌と言ってよいでしょう。また、『出雲国風土記』は、現在残されている風土記のなかでも、とりわけて地理についての記述が詳細かつ具体的です。この本に記された郷・山・川・寺・神社、海浜などの登場地の地図は、じつは古くから作られてきました。この本に強い関心を持っていた国学者の本居宣長も、みずから出雲国風土記地図を作成しています(残念ながら、宣長自身は出雲を訪れることができませんでした)。過去に作られた注釈書でも、必ず図を作成しています。
ただし、それらの地図はいずれも白地図に『出雲国風土記』の登場地を描いたものです。これに対して、本書の地図編は国土地理院の地形図をもとにした1/35000の現代地図に『出雲国風土記』の登場地を落としこんだもので、周辺の地形や、現在の正確な位置なども一目で確認できます。
本書地図編「意宇②(国廰)」(P.20)より抜粋引用
また、奈良時代に全国にあったはずなのですが、ほとんど記録が残っていないものを記しているという点でも『出雲国風土記』は貴重な史料です。その代表例が、山陰道駅路や郡家間の連絡路など、国内の道路網です。地図編作成に当たっては、古代道研究の第一人者である北海道教育大学の中村太一教授に道路の復元作業を依頼し、その成果も取り入れています。また、登場地に関連する神社や遺跡など参考となる情報も掲載、索引もありますので、研究はもちろん、現地を訪れる際の参考資料などとしてぜひ活用していただきたいものです。
写本編 ―『出雲国風土記』はどのように伝えられてきたか―
さて、本書の中心は500頁を越える写本編です。多くの文献と同じく、『出雲国風土記』も天平5年に完成した原本は残っておらず、写本のかたちで現在にその内容が伝えられています。写本を作る作業では必ず誤写が発生しますので、写本相互を比較することで、原本のテキストに迫ることができます。この作業を校訂と呼びますが、本書は最も古い細川家本の字配りを活かし、その1行ごとに同じ箇所に当たるほかの写本の写真を配置しました。本書をひもとけば、読者自身が独自に校訂を行うことができます。掲載している写本の概要は以下の通りです。①書写年の判るものとしては最古(1597年書写)の細川家本(永青文庫所蔵)。②細川家本とよく似た字体で記されている倉野家本(個人蔵)。③尾張徳川家の文庫に伝えられた蓬左文庫本(蓬左文庫所蔵)。④それを徳川義直が書写させ、出雲国の日御碕神社に奉納した日御碕神社本(日御碕神社所蔵)。⑤島根県古代文化センターで購入した古代文化センター本(島根県教育委員会所蔵)。⑥最古の『出雲国風土記』解説書である岸崎時照の著した『出雲風土記鈔』の本文、出雲風土記鈔本(島根県立古代出雲歴史博物館所蔵)、⑦今井似閑が万葉集関係文献を収集した三手文庫本『万葉緯』に収められた『出雲国風土記』である、万葉緯十五 出雲国風土記(賀茂別雷神社所蔵)。これら7写本の写真を収録しています。
写本を読む
『出雲国風土記』の本文はいろいろな研究者によってすでに活字化されていますが、やはり写本から読むことで新しい発想がわく場合もあります。例として、269行目の嶋根郡の法吉坡(つつみ)の動植物の記載を挙げてみます。この箇所の⑤古代文化センター本をみると、鴨の下に「魚鳥」を一字にした文字があります。①細川家本にもこの文字はありますが、抹消する記号が付されおり、細川家本を写した人は、これは誤写と考えていたようです。一方、⑥出雲風土記鈔本は、「鯉」と書いています。過去の注釈書では、この「鯉」を本文として採用しているものもあります。
ただし、『出雲国風土記』には、ここ以外に動物名として鯉は登場せず、写本の成立年代からも、鯉と書かれていたとは考えられません。本書の校訂本文では、最古の写本である①細川家本を写した人の判断を尊重し、この文字は削除しました。
しかし、②~⑤の写本にもこの文字があり、細川家本の判断は他の写本には影響を与えておらず、あくまで細川家本を写した人の考えのようです。また、上にある「鴨」を重ねて書いてしまったのであれば、同じ字になるはずです。写本の文字は「魚鳥」ですが、似た字形でかつ鳥の種類を示す文字に「告鳥」=鵠(くぐい。白鳥のこと)があり、これは『風土記』のほかの部分にも登場します。「魚鳥」は「鵠」を誤写したとも考えられるわけです。このことは今年度刊行予定の『出雲国風土記 校訂・注釈編』の注釈で説明する予定ですが、活字化された本だけ見ていては、気づくのは困難だといえるでしょう。
また、写本というと難解・難読だと思われるかも知れませんが、『出雲国風土記』の写本には、中世・近世文書のような著しいくずし字はほぼありません。古代文化センターの校訂テキストも添えられていますので、テキストの校訂は比較的容易におこなうことができます。まずは、この本を気軽に手にとって写本の文字を確認し、そのうえで記載についてじっくりと考え、古代出雲の世界に思いをはせていだければ幸いです。
[書き手]
【著者】平石 充(ひらいし みつる)
1968年 群馬県生まれ
1991年 國學院大学文学部史学科卒業
1994年 同大学院文学研究科博士課程中退
島根県教育委員会に奉職、島根県埋蔵文化財調査センター・島根県古代文化センター・島根県立古代出雲歴史博物館などで、発掘調査や『出雲国風土記』の調査研究、博物館展示などに従事。