後書き
『名作には猫がいる』(原書房)
シャルル・ペローの『長靴をはいた猫』、夏目漱石の『吾輩は猫である』、ヘミングウェイが飼っていた猫――猫は文学と相性がよい。古今東西さまざまな姿で物語に登場する猫から、作家の相棒、職場の人気者など実在の猫の記録までを網羅した、猫好きのための書籍『名作には猫がいる』より、訳者あとがきを公開します。
2022年12月にイギリスのオックスフォード大学ボドリアン図書館出版局から出版された本書『名作には猫がいる』(原題 Literary Cats /ジュディス・ロビンソン、スコット・パック共著)は、猫が古代エジプトで飼い猫となり、神格化された歴史から説き起こし、伝承や民話を含めた文学全体に登場する猫を俯瞰するという、ありそうでなかったユニークな1冊である。著者も作中で述べているように、本書誕生のきっかけとなったのは、2018年に大英図書館で開催された「本のなかの猫展」に付随するイベントで、テーマは翻訳書(すなわち英語圏以外の文学)に登場する猫だったという。
たしかに、わたしたちは本のなかでさまざまな猫と出会ってきた。絵本や児童書はもとより、あの本のあの猫、この本のこの猫―と記憶に残る猫をあげられるに違いない。しかし、文学全体となったらどうだろう? 自分がよく読むジャンルならいざしらず、名作として名高いが読んだことのない本、なんとなく敬遠したり手に取る機会があまりなかったりしたジャンルの猫は? これは、けっこうな盲点なのである。
本書は「有名な猫」「しゃべる猫」「古典」「児童文学」「詩」「SF」「ノンフィクション」「英米文学以外」「作家とその猫」といったジャンル別に文学のなかの猫を探求していく。もちろん重複はまぬかれないし、著者が述べているように網羅は不可能なのだが(それは事典の役割に違いない)、各章を読みながら、わが意を得たりとほくそえんだり、懐かしく思いだしたり、こんな作品があったのかと驚いたり、なんであの猫が載っていないんだと残念に思ったりしながら――あらためてそれらの作品と向きあう契機になるだろう。猫飼いの人は、いや動物を飼って人生の一時期をともにしたことのある人は、猫との永遠の別れを語る場面には、思わず胸が迫るかもしれない。
もうひとつの特徴は、日本や日本文学が数多く取りあげられていることである。日本の「猫愛」は世界に冠たるものらしい。夏目漱石の『吾輩は猫である』や谷崎潤一郎の『猫と庄造と二人の女』のほか、村上春樹、きたむらさとし、有川浩(現在は有川ひろ)、平出隆、川村元気の作品が紹介されている。民話や伝承などにもふれられており、もっと怪談や猫又のことも書いてほしかったとつい欲が出てしまうが、そうなると本書のテーマから逸脱してしまうことになろう。
文学全体を俯瞰すると、人間が猫になにを託し、なにを表現する手段としてきたのか、またどれほどの愛となぐさめの源泉としてきたのか、そしてなによりも猫の万華鏡のような魅力が浮かびあがってくるように思われる。新しい猫文学作品の登場を待ち望むとともに、現実世界の猫にも幸あれと願わずにはいられない。
[書き手]駒木令(訳者)
文字の世界で生きる猫たち
猫ときいてなにを連想するだろうか? たとえば愛らしさ、しなやかさ、敏捷性、狩猟本能、好奇心、気まぐれ、わがまま、怠惰、気品、自立心、魔性、不気味さなど――猫を飼ったことがあるかないか、好きか嫌いかは別にして、どれも猫のキーワードとして腑に落ちるものばかりだろう。ごく身近な、おそらくは物心がつく前から認識しはじめる猫は、こうした多彩な魅力で世界各国の文化に根づき、ペットとして愛される一方、文学や美術、演劇の素材となってきた。2022年12月にイギリスのオックスフォード大学ボドリアン図書館出版局から出版された本書『名作には猫がいる』(原題 Literary Cats /ジュディス・ロビンソン、スコット・パック共著)は、猫が古代エジプトで飼い猫となり、神格化された歴史から説き起こし、伝承や民話を含めた文学全体に登場する猫を俯瞰するという、ありそうでなかったユニークな1冊である。著者も作中で述べているように、本書誕生のきっかけとなったのは、2018年に大英図書館で開催された「本のなかの猫展」に付随するイベントで、テーマは翻訳書(すなわち英語圏以外の文学)に登場する猫だったという。
たしかに、わたしたちは本のなかでさまざまな猫と出会ってきた。絵本や児童書はもとより、あの本のあの猫、この本のこの猫―と記憶に残る猫をあげられるに違いない。しかし、文学全体となったらどうだろう? 自分がよく読むジャンルならいざしらず、名作として名高いが読んだことのない本、なんとなく敬遠したり手に取る機会があまりなかったりしたジャンルの猫は? これは、けっこうな盲点なのである。
本書は「有名な猫」「しゃべる猫」「古典」「児童文学」「詩」「SF」「ノンフィクション」「英米文学以外」「作家とその猫」といったジャンル別に文学のなかの猫を探求していく。もちろん重複はまぬかれないし、著者が述べているように網羅は不可能なのだが(それは事典の役割に違いない)、各章を読みながら、わが意を得たりとほくそえんだり、懐かしく思いだしたり、こんな作品があったのかと驚いたり、なんであの猫が載っていないんだと残念に思ったりしながら――あらためてそれらの作品と向きあう契機になるだろう。猫飼いの人は、いや動物を飼って人生の一時期をともにしたことのある人は、猫との永遠の別れを語る場面には、思わず胸が迫るかもしれない。
もうひとつの特徴は、日本や日本文学が数多く取りあげられていることである。日本の「猫愛」は世界に冠たるものらしい。夏目漱石の『吾輩は猫である』や谷崎潤一郎の『猫と庄造と二人の女』のほか、村上春樹、きたむらさとし、有川浩(現在は有川ひろ)、平出隆、川村元気の作品が紹介されている。民話や伝承などにもふれられており、もっと怪談や猫又のことも書いてほしかったとつい欲が出てしまうが、そうなると本書のテーマから逸脱してしまうことになろう。
文学全体を俯瞰すると、人間が猫になにを託し、なにを表現する手段としてきたのか、またどれほどの愛となぐさめの源泉としてきたのか、そしてなによりも猫の万華鏡のような魅力が浮かびあがってくるように思われる。新しい猫文学作品の登場を待ち望むとともに、現実世界の猫にも幸あれと願わずにはいられない。
[書き手]駒木令(訳者)
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