なんだかよく分からない「学芸員」という存在
「学芸員をしています」と言うと、「美術館の椅子に座っている人ね!」と、よく言われます。実は美術館の隅で立ったり座ったりしている人は、来館者と作品の安全を守る看視員(監視員)で、学芸員は普段、裏側で仕事をしています。美術館や博物館になじみのない人だけが、そんな誤解をしているかというと、そうでもないようです。私の祖母は、趣味の仲間と一緒に美術館の市民ギャラリーに時々絵を展示する「ヘビーユーザー」ですが、そんな祖母でさえ、私の仕事を「受付をしたり展示室で見張ったりしている人」だと、ずっと勘違いしていました。
博物館を利用している人にも、時には、博物館のこれからを考える立場の人にさえ、学芸員の仕事が知られていない。働き始めてからそのことに気がつき、自分の足元がひどく不安定なのを感じました。振り返ってみれば私自身も、大学の履修案内で「学芸員」の文字を見るまで、そんな仕事があると知らなかったのです。
自分たちの仕事や、自分たちが働く場所について、もっと多くの人に知ってもらいたい。そんな気持ちから、学芸員の仕事を紹介する四コマ漫画を描き、ウェブ上で発信を始めました。
博物館って、学芸員って、結局なんなの?
ここまでの文章の中で、「美術館」と「博物館」、二つの言葉が出てきました。その二つは何が違うのでしょうか。たとえば「〇〇博物館」と名の付くものだけでなく、美術館、資料館、文学館、科学館、植物園、水族館、動物園……これらすべてが、広い意味での「博物館」に含まれます。漢字の「博物館」が、かたい印象なので、親しみやすい「ミュージアム」が使われることもあります。かみ砕いて言えば、博物館は「何かを集めて、保管し、調べ、みんなが利用できるようにする場所」です。その博物館で「集めるもの」についての専門的な知識を持って仕事をするのが、学芸員です。
学芸員の仕事のうち、一番多くの人の目に触れるのが「展示」です。博物館に行くと、いろいろな綺麗なもの、珍しいもの、すごいものが並べられています。でも、それらはただ置かれているだけではありません。その展示が出来上がるまでに、裏側では調査や研究の積み重ねがあり、分かりやすく、面白く見せるためのさまざまな工夫があります。
そんな学芸員の仕事は多岐にわたり、一言で説明するのは難しいので、四コマ漫画の形で、ウェブ上に少しずつ掲載してきました。ウェブでは思いついた順で描いていたため、行き当たりばったりでしたが、書籍化にあたっては、構成を整理して簡単な解説も付しました。
山奥博物館の仲間たち
本書の四コマ漫画の舞台は、動物たちが働く「山奥博物館」です。主に美術や歴史を扱っています。架空の博物館、架空のキャラクターたちですが、仕事内容は、できるだけ現実世界に近づけるようにしています。博物館によく行く人は、「中の人はこんな仕事をしていたのか!」と、普段とは違う視点で楽しんでいただけると思います。同業の人は「あるある」と共感していただける部分も多いはずです。でも実は「博物館ってそんなに興味がないんだけど」という人にこそ、この本を手に取ってもらいたいと願っています。「お仕事漫画」「ほのぼの四コマ」「動物のキャラクター」といった属性を持たせたのは、それらの入り口から、興味を持つ人がいるかもしれないと考えたからです。まずは軽い気持ちで、楽しんでいただけたら幸いです。そしてもし、彼らが働く「博物館」がどんなところか気になったら、ぜひ近くの博物館に行ってみてください。きっと、どこかで見たような人たちが、裏側で頑張っているはずです。
もう一つのテーマ
全体的にほのぼのとしたトーンで四コマを描いていますが、書籍化にあたっては、「仕事の紹介」に加えて、もう一つのテーマを入れました。それは「学芸員が置かれている状況」についてです。博物館で専門的な業務を担当する学芸員は、正職員だと思われがちですが、実は、有期雇用や非常勤など、不安定な立場で雇用されている人もたくさんいます。これは今、さまざまな職種でおこっていることなので、学芸員だけを問題にしても解決することではないかもしれません。でも、知ってもらわなければ何も始まらないと考え、新しく描き下ろした外伝「学芸員の就活日記」と、そのコラムでは、雇用形態についても触れました。
本編の四コマ漫画では、仕事内容を分かりやすく伝えることを優先したため、かなり理想的な人員配置になっていて、多くの博物館が抱える「人員についての課題」は見えづらくなっています。本編では伝えきれなかったこのテーマについて、学芸員の仕事を扱う以上、入れなければならないと考え、描き加えました。
深くて広い、博物館
本書は、筆者の限られた経験をもとに、博物館のごくごく一側面をご紹介しています。でも、世界中にはもっと様々なジャンルの、さまざまな規模の博物館があり、そこでは、個性豊かな人々が働いています。きっと一生かけても楽しみつくせないくらいのワクワク、ドキドキや謎が、博物館には詰まっています。本書をきっかけに、博物館を楽しむ人、面白がる人が少しでも増えたなら、こんなに嬉しいことはありません。[書き手]滝登くらげ(たきのぼり・くらげ)
いろいろな規模の、いろいろな種類の博物館を渡り歩いて、今はとある博物館に落ち着いています。ペンネームは、山口県の秋芳洞にある鍾乳石の名所「くらげの滝のぼり」から。鯉が滝を登ると龍になるそうですが、くらげが滝を登ったら何になるのでしょう。
Twitter: taki_kurage pixiv: 29314544