作者は前作『ハムネット』では悪妻の代名詞のようなシェイクスピアの妻を、養蜂、鷹匠術、薬草作りにも通じた非凡な女性として描きなおした。『ルクレツィアの肖像』で蘇らせるのは、亡姉の代わりに十五歳で嫁がされ、十六歳で謎の死を遂げたルクレツィア・ディ・コジモ・デ・メディチ。夫のフェラーラ公爵に毒殺されたとも噂されるが、歴史的資料はわずかだという。
1561年、物語はルクレツィアが夫に連れていかれた避暑地で始まる。彼女は胸のうちで呟く。あなたは今夜、わたしを殺そうとしているのだろう、と。なぜかといえば、跡継ぎを産む兆しがないからだ。
その後、時間は1544年、父母が交わってルクレツィアが受胎するという場面に飛ぶ。虎と友だちになれる野性的な娘は美術の才にも秀でていたが、やがて暴君の夫に幽閉され、監視され、虐げられる。疑心、夫婦間の望まぬ性交、女性ばかりが不妊の原因とされること……二つのタイムラインを往来して炙りだされる真相は、今にも通じるだろう。その結末には限りない希望と悲しみが交錯する。