書評

『芸能の力 〔言霊の芸能史〕』(藤原書店)

  • 2023/11/07
芸能の力 〔言霊の芸能史〕 / 笠井 賢一
芸能の力 〔言霊の芸能史〕
  • 著者:笠井 賢一
  • 出版社:藤原書店
  • 装丁:単行本(368ページ)
  • 発売日:2023-07-27
  • ISBN-10:4865783911
  • ISBN-13:978-4865783919
内容紹介:
劇作家、演出家、そして能楽プロデューサーとして、伝統芸能と現代演劇を繋ぐ実践の中で掘り下げてきた、“いのちの根源にあるもの”としての芸能を描く!神楽から雅楽、能・狂言、人形浄瑠璃、… もっと読む
劇作家、演出家、そして能楽プロデューサーとして、伝統芸能と現代演劇を繋ぐ実践の中で掘り下げてきた、“いのちの根源にあるもの”としての芸能を描く!
神楽から雅楽、能・狂言、人形浄瑠璃、歌舞伎など中世から近世の古典芸能と、現代演劇や音楽、そして風土に根ざした芸能とともに中国や西洋からの影響が併存し、多様な芸能世界を構成している、日本の芸能の力とは何か。


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【目次】
はじめに

第Ⅰ部 芸能のはじまりから中世まで
一 芸能のはじまり
まず、日本を知る/生命力の発露/芸能のはじまり/神を慰める/神楽/遊び/『千年の修羅』/俳優―わざおぎ/言霊の幸ふ国/文字の根源

二 日韓芸能交流の現場
羽衣伝説/伎楽の仮面/河回村/『羽衣』上演/『羽衣』の演出/「落火船遊」

三 雅楽の世界
伎楽から雅楽へ/雅楽の言葉/『青海波』/『迦陵頻』と『胡蝶』/舞楽法会/五世野村万之丞追悼/間奏曲

四 翁猿楽への道
散楽/猿楽の源/田楽/『翁』の舞台/芸能としての翁/別火/翁と三番叟/成熟と喪失

五 脇能・修羅能・鬘能
『高砂』/修羅能とは/『敦盛』/『屋島』/「奈須与市語」/『巴』/幽玄の能/『井筒』/『井筒』と『野宮』/『野宮』/全ては夢の世と/『安達原』/糸を繰る/怒りと同じほどの哀しみ

六 能と狂言の表現方法
アクセルとブレーキ/何事かの到来、何者かの到来/能の装束と仮面/狂言の人間観/幽玄の上類のをかし/げに恐ろしきは女なり/笑った後で身につまされ/悲劇と喜劇の綯い合わせ

七 伝統と現代
今様の世界/今様と『平家物語』/『平家物語』と新作能/『源氏物語』と新作能/新作能『不知火』/命から命へ繫がる伝統/伝統の現在

第Ⅱ部 近世から現代まで
一 近世への架け橋
「芸能の力」を見直す/文字を遡る/新しい文化の担い手/「座」の誕生/今様、婆娑羅、傾奇/神仏習合/古刹 長楽寺――ライフワークの出発点に

二 中世から近世へ
観阿弥と世阿弥/世阿弥の能『実盛』/浄瑠璃の『実盛』の筋立て/浄瑠璃の『実盛』の劇構造/能と秀吉/芸能を演じた天下人/死を見つめる能、日常を笑う狂言/狂言綺語

三 歌舞伎と浄瑠璃の時代
歌舞伎の始まり/「憂き世」と「浮き世」/西鶴・芭蕉・近松/孤高の俳人、芭蕉/芭蕉の到達点/西鶴と近松の競合/作者・近松の誕生/浄瑠璃の源流/近松と歌舞伎/『曽根崎心中』の筋立て/『曽根崎心中』の同時代性/わが修業時代/『曽根崎心中』上演途絶/竹本座と豊竹座の競合/『国性爺合戦』大ヒット/能『俊寛』から浄瑠璃「鬼界ヶ島の段」/近松の到達点『心中天網島』/近松の辞世/近松の芸能論/十世坂東三津五郎/四世坂田藤十郎

四 三大浄瑠璃とその後
三大浄瑠璃の誕生/「寺子屋の段」/『義経千本桜』/『仮名手本忠臣蔵』/「山科閑居の段」/風と型/近松半二/「文楽」の時代/中江兆民と文楽

五 歌舞伎の多様性
百万人都市江戸/舞と踊/歌舞伎舞踊の展開/悪場所とは/顔見世と世界定め/生世話物の誕生/南北から黙阿弥へ/絵金の芝居絵/『双生隅田川』/世阿弥と元雅の論争/歌右衛門の『隅田川』/楽劇『新曲浦島』

六 現代へ
「うた」の大河/アウシュヴィッツにて/「君死にたまふことなかれ」

おわりに
本書関連年表(612-2005年)

古典が現代に息づく姿生き生きと

いつも思うのだが、日本語には、「わざ」(漢字では技、あるいは業を当てる、万葉では「和射」の表記も)、あるいは「技芸」、「芸術」、「芸能」などの熟語表現がある。例えば英語では、これらはすべて<arts>で済ませてしまう。だから日本語は優れている、などと言うつもりは毛頭ない。でも偶々(たまたま)この概念に日本語では、異なった意味の膨らみを持つ語が複数あるのは至極便利ではないか。

本書はその「芸能」の歴史を、判りやすく、しかし、新しい動きも充分に取り入れて、解き明かした書である。一言留意を。ともすれば我々の社会空間では、芸術の方が高級であり、芸能と言えば一段落ちるもの、とされがちだが、芸術がそうであると考えられる、人間の魂の深奥に触れる働きを、芸能の中に容易に、見出すことができることを、学べるという点も本書の特長の一つかもしれない。著者は東西の演劇に関わる様々な仕事を重ねてきており、就中(なかんずく)能楽のプロデュース、新作能の支援などに、実績を残してきた。

著者は芸能の始まりを記紀の時代、神(や人)を楽しませる役割を演じる「わざをき」(漢字は後に「俳優」を当てる)に見る。誰でも岩戸隠れのアマテラスを引き出すために、面白おかしく踊ったアメノウズメを思い出すだろう。彼女は「女神」ではあるが、その後神楽や田楽などを誘導する源となった。ただ著者の筆はその後、イザナギ・イザナミの黄泉の国の「見たな」の件(くだり)から、ギリシャ神話のオルフェーオへ飛び、そこからモンテヴェルディのオペラが引き出される、というように自在な展開を随所に用意する。また大和言葉そのものの考察への展開も見せる。

本書は、大陸と半島から導入された雅楽、伎楽などへの言及を経て、猿楽・田楽を基礎とする能・狂言が語られる。そういう意味では、記述は一応歴史の時間を追う形になっているが、先述のように、題材を巡って、時間・空間の制限を超えて、記述は、縦横に走るので、読者も、歴史書を読むという自分の枠組みから、自らを引きはがすことが求められる。例えば、能で最も重要な演目「翁」が、能を主題とした章から外れて考察される、あるいは「羽衣」が半島の伎楽と結びつけて論じられる、などなど、これは、他書では、味わえない面白い体験である。

「翁」は、「能であって能でない」側面を配慮してか、田楽の項でもきちんと論じられ、その後能の項では、式能の順に、代表的な演目名を挙げ乍ら、過不足のない解説も用意されている。

その後、「近世への架け橋」、「中世から近世へ」というインテルメッツォ(しかし大切な)を経て、歌舞伎の世界が記述の舞台となるが、近松を論じた項は、とりわけ、著者の熱い想いが感じられて読者の心を打つ。ここでも大事な演目は名を挙げて充分な語りが用意される。当然文楽への眼差しも忘れられてはいない。

終わり近く、「隅田川」を巡って、ジョン・レノンらの名まで登場させながら展開される件も、胸底に触れる内容である。そして最終章「現代へ」では、川上音二郎や美空ひばりなどの名が引用されつつ、古典芸能が現代に生きる具体的な姿が紹介される。

読者は、時空を縦横に翔ける著者の筆の力で、類書にない体験をされるだろう。
芸能の力 〔言霊の芸能史〕 / 笠井 賢一
芸能の力 〔言霊の芸能史〕
  • 著者:笠井 賢一
  • 出版社:藤原書店
  • 装丁:単行本(368ページ)
  • 発売日:2023-07-27
  • ISBN-10:4865783911
  • ISBN-13:978-4865783919
内容紹介:
劇作家、演出家、そして能楽プロデューサーとして、伝統芸能と現代演劇を繋ぐ実践の中で掘り下げてきた、“いのちの根源にあるもの”としての芸能を描く!神楽から雅楽、能・狂言、人形浄瑠璃、… もっと読む
劇作家、演出家、そして能楽プロデューサーとして、伝統芸能と現代演劇を繋ぐ実践の中で掘り下げてきた、“いのちの根源にあるもの”としての芸能を描く!
神楽から雅楽、能・狂言、人形浄瑠璃、歌舞伎など中世から近世の古典芸能と、現代演劇や音楽、そして風土に根ざした芸能とともに中国や西洋からの影響が併存し、多様な芸能世界を構成している、日本の芸能の力とは何か。


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【目次】
はじめに

第Ⅰ部 芸能のはじまりから中世まで
一 芸能のはじまり
まず、日本を知る/生命力の発露/芸能のはじまり/神を慰める/神楽/遊び/『千年の修羅』/俳優―わざおぎ/言霊の幸ふ国/文字の根源

二 日韓芸能交流の現場
羽衣伝説/伎楽の仮面/河回村/『羽衣』上演/『羽衣』の演出/「落火船遊」

三 雅楽の世界
伎楽から雅楽へ/雅楽の言葉/『青海波』/『迦陵頻』と『胡蝶』/舞楽法会/五世野村万之丞追悼/間奏曲

四 翁猿楽への道
散楽/猿楽の源/田楽/『翁』の舞台/芸能としての翁/別火/翁と三番叟/成熟と喪失

五 脇能・修羅能・鬘能
『高砂』/修羅能とは/『敦盛』/『屋島』/「奈須与市語」/『巴』/幽玄の能/『井筒』/『井筒』と『野宮』/『野宮』/全ては夢の世と/『安達原』/糸を繰る/怒りと同じほどの哀しみ

六 能と狂言の表現方法
アクセルとブレーキ/何事かの到来、何者かの到来/能の装束と仮面/狂言の人間観/幽玄の上類のをかし/げに恐ろしきは女なり/笑った後で身につまされ/悲劇と喜劇の綯い合わせ

七 伝統と現代
今様の世界/今様と『平家物語』/『平家物語』と新作能/『源氏物語』と新作能/新作能『不知火』/命から命へ繫がる伝統/伝統の現在

第Ⅱ部 近世から現代まで
一 近世への架け橋
「芸能の力」を見直す/文字を遡る/新しい文化の担い手/「座」の誕生/今様、婆娑羅、傾奇/神仏習合/古刹 長楽寺――ライフワークの出発点に

二 中世から近世へ
観阿弥と世阿弥/世阿弥の能『実盛』/浄瑠璃の『実盛』の筋立て/浄瑠璃の『実盛』の劇構造/能と秀吉/芸能を演じた天下人/死を見つめる能、日常を笑う狂言/狂言綺語

三 歌舞伎と浄瑠璃の時代
歌舞伎の始まり/「憂き世」と「浮き世」/西鶴・芭蕉・近松/孤高の俳人、芭蕉/芭蕉の到達点/西鶴と近松の競合/作者・近松の誕生/浄瑠璃の源流/近松と歌舞伎/『曽根崎心中』の筋立て/『曽根崎心中』の同時代性/わが修業時代/『曽根崎心中』上演途絶/竹本座と豊竹座の競合/『国性爺合戦』大ヒット/能『俊寛』から浄瑠璃「鬼界ヶ島の段」/近松の到達点『心中天網島』/近松の辞世/近松の芸能論/十世坂東三津五郎/四世坂田藤十郎

四 三大浄瑠璃とその後
三大浄瑠璃の誕生/「寺子屋の段」/『義経千本桜』/『仮名手本忠臣蔵』/「山科閑居の段」/風と型/近松半二/「文楽」の時代/中江兆民と文楽

五 歌舞伎の多様性
百万人都市江戸/舞と踊/歌舞伎舞踊の展開/悪場所とは/顔見世と世界定め/生世話物の誕生/南北から黙阿弥へ/絵金の芝居絵/『双生隅田川』/世阿弥と元雅の論争/歌右衛門の『隅田川』/楽劇『新曲浦島』

六 現代へ
「うた」の大河/アウシュヴィッツにて/「君死にたまふことなかれ」

おわりに
本書関連年表(612-2005年)

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2023年9月9日

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