書評

『本と貝殻: 書評/読書論』(コトニ社)

  • 2023/10/19
本と貝殻: 書評/読書論 / 管 啓次郎
本と貝殻: 書評/読書論
  • 著者:管 啓次郎
  • 出版社:コトニ社
  • 装丁:単行本(320ページ)
  • 発売日:2023-06-16
  • ISBN-10:4910108114
  • ISBN-13:978-4910108117
内容紹介:
『本は読めないものだから心配するな』の著者による最新の、本にまつわる読書エッセイ。本書は、稀代のエッセイストがいろいろな媒体に書きつづったさまざまな書評や読書論のなかからとくに… もっと読む
『本は読めないものだから心配するな』の著者による最新の、本にまつわる読書エッセイ。

本書は、稀代のエッセイストがいろいろな媒体に書きつづったさまざまな書評や読書論のなかからとくに厳選したテクストを集成したものです。読書の方法と書物への讃歌にあふれた本です。
日本文学最高の文章家のひとりである著者が、本とともに生きたいとのぞむ人たちへとどける、読書のための書物の実用論です。

本という〈物〉の不思議。
それは、この世のあらゆるものとつながっていること。
ヒトが集合的に経験したすべての記憶・知識・情動が流れこむ一冊一冊の本は、タイムマシン、そして意識の乗り物。
いまこそ本を大切にしよう。
私たちのもとにやって来て、そして去っていった無数の本たちに、心からの「ありがとう」を。

本の海の響きに耳を傾けたくなる

『本と貝殻』。表題作となる詩篇が、さわやかな序として掲げられている。「本と貝は似ている」。ただし大事なのは「中に潜むみずみずしい肉」であって、本としての貝は読まれることで成長し、身の丈にあったあたらしい貝殻を探す。本も、また本を手に取る者も、それにあわせて場所を移すのだ。

四章からなる構成は、「書評/読書論」という副題を裏切らない。「読むとはどういうことなのか」についてのエッセイが冒頭に置かれ、さまざまな媒体に発表された書評と、ずっと尺のながい解説文がつづいて、最後に適度な抽象性を添えた対話の記録も収められている。しかし本書の魅力は、むしろそうした枠を取り払って、かちかちと触れあう貝殻の音や、そこから聞こえる本の海の響きに耳を傾けたくなるところにあるだろう。

著者には、すでに「本は読めないものだから心配するな」という至言がある。人はそのとき身にまとっていた貝殻の大きさに見合うだけのことしか読めない。冊という単位は、読むことにおいては意味をなさず、すべてを理解するのが無理だからこそ、わかったものを目の前の川に投げ入れ、それを「踏み石」にして向こう岸への「かち渡り」を試みる。浅瀬を渡ることを意味する英語を受けて、読むという行為は「本をfordする」ことだと鮮やかに説くこの書き手はいったいどんな人物なのか、本よりもそちらのほうが気になってくる。だが心配はいらない。ひとつひとつ貝殻を拾っていけば、選んだ側の思考の痕跡も浮かびあがる。

幅広い選書に一貫しているのは、移動の感覚である。旅、言語、翻訳、命への敬意、そして詩への共感と信頼。色や形に惹かれて手にした本の貝殻は、べつの浜に落ちていた貝殻を、あるいはまだ見たことのない貝殻をも想起させる。「<いま・ここ>に生きながら、その場にないもの、時間的にも空間的にも隔たったものを想像する」柔軟な知性と感性をもって、未知の器へと無理なく手を伸ばす。

末尾に据えられた対話は、カリブ海の詩人エドゥアール・グリッサンをめぐるものだが、グリッサンは世界をひとつながりの<アーキペラゴ>(群島)と捉えていることがそこで語られている。小さな、具体的な、ローカルな土地が網の目のようにつながって、大きな群島をかたち作るという思想。島の比喩は、「かち渡り」のために、立ち話をして川に投げ入れた石の拡大版だと言ってもいいだろう。要するに、本は島なのだ。

おなじ版元から同時に刊行された詩集『一週間、その他の小さな旅』の、「こころ」と題された作品の一部を引いてみよう。

言葉はきみのものじゃない/木の葉や貝殻のように/そっと借りてきて並べてごらん/みごとな美しさ/そのかたちと色合いが/きみを自由にする

大切なことがさらりと書かれている。言葉は自分がつくりだしたものではない。だから拾うのだ。それを食べて中身が大きくなったら殻を脱ぎ、虚ろな穴にべつの貝殻の沈黙を呼び入れて知らない響きに耳を澄ます。言葉の表情が変わり、本の姿が変わり、拾う前の自分ではなくなる。この変化こそ、読むことでしか得られない自由のあらわれなのだと本書は教えてくれる。

一週間、その他の小さな旅 / 管 啓次郎
一週間、その他の小さな旅
  • 著者:管 啓次郎
  • 出版社:コトニ社
  • 装丁:単行本(144ページ)
  • 発売日:2023-06-16
  • ISBN-10:4910108122
  • ISBN-13:978-4910108124
内容紹介:
詩をポケットに入れて、小さな旅へ出かけてみませんか?「日本文学最高の文章家のひとり」と言われる著者がつづった詩集です。管さんは、被災地・東北に何度もかよいます。そこを旅した思… もっと読む
詩をポケットに入れて、小さな旅へ出かけてみませんか?

「日本文学最高の文章家のひとり」と言われる著者がつづった詩集です。

管さんは、被災地・東北に何度もかよいます。

そこを旅した思い出をもとに書いた詩がここにあります。

身近な動物たちや自然への強い共感と信頼と憧れから生まれた詩もたくさんあります。

どれも何気ない日常の一コマから生まれた詩です。

微細であたたかい観察から生まれたことばの数々です。

どれも大切なことに気がつかせてくれる、そんなことばたちでもあります。

ことばを連れて小さな旅へと一緒に出かけてみませんか?

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本と貝殻: 書評/読書論 / 管 啓次郎
本と貝殻: 書評/読書論
  • 著者:管 啓次郎
  • 出版社:コトニ社
  • 装丁:単行本(320ページ)
  • 発売日:2023-06-16
  • ISBN-10:4910108114
  • ISBN-13:978-4910108117
内容紹介:
『本は読めないものだから心配するな』の著者による最新の、本にまつわる読書エッセイ。本書は、稀代のエッセイストがいろいろな媒体に書きつづったさまざまな書評や読書論のなかからとくに… もっと読む
『本は読めないものだから心配するな』の著者による最新の、本にまつわる読書エッセイ。

本書は、稀代のエッセイストがいろいろな媒体に書きつづったさまざまな書評や読書論のなかからとくに厳選したテクストを集成したものです。読書の方法と書物への讃歌にあふれた本です。
日本文学最高の文章家のひとりである著者が、本とともに生きたいとのぞむ人たちへとどける、読書のための書物の実用論です。

本という〈物〉の不思議。
それは、この世のあらゆるものとつながっていること。
ヒトが集合的に経験したすべての記憶・知識・情動が流れこむ一冊一冊の本は、タイムマシン、そして意識の乗り物。
いまこそ本を大切にしよう。
私たちのもとにやって来て、そして去っていった無数の本たちに、心からの「ありがとう」を。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2023年6月24日

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