書評

『歴史のなかの天皇』(岩波書店)

  • 2023/11/14
歴史のなかの天皇 / 吉田 孝
歴史のなかの天皇
  • 著者:吉田 孝
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(253ページ)
  • 発売日:2006-01-20
  • ISBN-10:4004309875
  • ISBN-13:978-4004309871
内容紹介:
「天皇」という語が初めて使われたのはいつか。「女帝」はどのような背景のもとに登場したのか。「王統」はどのように受け継がれてきたのか。練達の日本古代史研究者が、東アジア世界との関係を視野にいれつつ、卑弥呼の時代から現代までを通観し、「天皇」の歴史をたどる。この列島の王権のありかたを考えるための基本書として最適。

原始から現代まで、特質と時代性を探る

皇位継承をめぐって、さまざまな議論があるなかで、きちんと歴史に即して天皇のあり方を探る、ないしは天皇を通じて歴史の流れを探ってみる。こうした試みは意外に少ない。天皇に関する問題をテーマ別に考えたり、また時代に限定して考えたりしても、通史として一貫して捉えることは多くないのである。

そうしたなかで日本古代の天皇のあり方を究明してきた著者が、原始王権の時代から現代の天皇制に至るまで、天皇に関わる諸問題を考察したのが本書である。

その視点は二つ。一つは、中国の周辺の東アジアに生まれた天皇と日本国家がどのような特質を帯びていたのかを探るというもので、これは古代史研究者としての著者の専門領域に属するもの。

もう一つは、同じような形で成立した日本の王権がその後にどのような形で成長してきたのか、東アジアの諸国との比較を通じ、果たして時代を通じて一貫した性格を有していたのかを探るというもので、これに向けて著者は果敢にチャレンジする。

そこではほぼ四つの段階を考えているように見受けられる。最初の段階は卑弥呼や倭の五王の時代であって、この原始王権のあり方を、文化人類学の成果などを利用しながら明快に指摘する。神聖王権とも、また複式王権とも捉えて、その動きを活写している。

次の段階は統一王権の時代で、東アジア世界との文明接触のなかで天皇号が成立し、律令制が導入されるなどして、古代国家が整えられてゆき、その後の規範となる古典的な国制や文化が成立してくる時代である。

たとえば天皇号はなぜ成立したのかという問題では、隋に派遣された小野妹子の外交交渉から興味深く指摘する。当初の国書には「日出(い)づる処(ところ)の天子」とあったため隋の皇帝に否認されると、次に「東の天皇」と国書に記したのであるが、妹子はこれを中国に提出しなかったのではないか、と著者は推測する。

この点を始めとする叙述は、著者の専門領域だけに説得力のある議論が展開されている。なかでも女帝の問題を論じたところは、今日の議論に参考になることが多い。同じ時期には東アジアに女帝が存在することに注目し、日本の女帝の性格に迫る。

それは親族組織のあり方と深く関わっていることや、唐の律令にはない太政天皇や女帝の規定が日本の律令に設けられていることの意味など、まことに示唆に富む指摘である。

第三の段階は、古典的な国制や文化に基づいて、ウヂからイエへという社会組織の単位が展開するなかでの二重王権の段階として捉えられる。武家という性格の異なる王権が併存して、その武家が天皇を守護する体制は近世まで続くとみる。

複式王権の説明と関わる形での把握と考えられるが、この付近は多少の異論も出てこよう。王権は天皇の朝廷にのみあるという見解も有力で、また九百年近くの時代を古典的な国制や文化で一括してしまってよいのかという疑問もある。ただ単に政治の流れのなかで天皇を考えるのではなく、能や浄瑠璃・歌舞伎などの文化の方面から考えている点でも貴重である。

そして第四の段階としての近代国家における天皇制であって、明治維新、大日本帝国憲法、そして敗戦により天皇の位置付けがどう変化してきたのか、それらを西欧列強との関わりのなかで叙述する。

ここでは王政復古により摂政・関白・将軍などを廃したことで古典的な国制が大きく転換したことを指摘している点が目につく。前近代の宗教の基礎にあった神仏習合も神仏分離政策によって崩壊したこともそれと関連づけている。

明治政府は欧米列強から押しつけられた不平等条約の改正にむけて、近代的な憲法と法体系を整備したが、この大日本帝国憲法により天皇は規定されることになった。律令を越えた存在としての天皇はここに大きく変化した。だが同時に制定された『皇室典範』は天皇が定めた法であり、大臣の署名もなく議会も関与できなかった。

昭和天皇は立憲君主として、世界的な君主制の危機の時代に登場したが、二・二六事件を経て現人神(あらひとがみ)として装われてゆき、日中戦争の果てに日米開戦へと踏み切ってゆく。こうして敗戦を迎え、象徴天皇制に基づく新憲法が発布され、通常の法として皇室典範も改正された。さらに昭和天皇が没するとともに、昭和天皇とは異質な新しい「象徴」天皇の時代が始まったと指摘して、筆をおく。

天皇の問題というと、どうしても過剰な主張や思い入れが先行するか、あるいは問題を避けたがるのが普通である。しかし本書は天皇に関わる基本的な問題を豊かな構想力により的確に、かつバランスよく叙述しており、読後感のさわやかなものとなっている。
歴史のなかの天皇 / 吉田 孝
歴史のなかの天皇
  • 著者:吉田 孝
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(253ページ)
  • 発売日:2006-01-20
  • ISBN-10:4004309875
  • ISBN-13:978-4004309871
内容紹介:
「天皇」という語が初めて使われたのはいつか。「女帝」はどのような背景のもとに登場したのか。「王統」はどのように受け継がれてきたのか。練達の日本古代史研究者が、東アジア世界との関係を視野にいれつつ、卑弥呼の時代から現代までを通観し、「天皇」の歴史をたどる。この列島の王権のありかたを考えるための基本書として最適。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2006年2月12日

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