書評

『梨本宮伊都子妃の日記―皇族妃の見た明治・大正・昭和』(小学館)

  • 2020/02/16
梨本宮伊都子妃の日記―皇族妃の見た明治・大正・昭和  / 小田部 雄次
梨本宮伊都子妃の日記―皇族妃の見た明治・大正・昭和
  • 著者:小田部 雄次
  • 出版社:小学館
  • 装丁:文庫(581ページ)
  • 発売日:2008-11-07
  • ISBN-10:4094083251
  • ISBN-13:978-4094083255
内容紹介:
侯爵鍋島家に生を受け、皇族梨本宮家に嫁ぎ、そして太平洋戦争後は平民となった伊都子妃。明治・大正・昭和の各時代を、七七年間にわたって綴った日記が、その波瀾の生涯を紡ぎ出す。近代日本の歩みを読み解く道標となる本、待望の文庫化。

筆まめとはこのこと

日記にもいろいろある。政治家の日記、作家の日記などは、それぞれ政治や文壇の裏話・秘話を載せていて面白く読むことが多い。

そうでなくとも、日記が置かれていれば、ついつい興味をそそられて読みたくなるというのが人情だ。悪いとは知りつつ。個人情報や感慨が書きつけられているからである。

まして奥深い屋敷のなかの麗人が書いた日記とはどんなものか、そんな興味から本書を読んだ。

梨本宮は戦前の宮家の一つで、昭和天皇の皇后(現在の皇太后)の叔父にあたる。その妃が日記の記主であって、肥前の鍋島家出身のお姫様であり、姉妹の子には秩父宮妃がいるという名門である。

しかし、それにしても筆まめとは、このことを言うのであろう。実に八十年近くにわたって書き続けたのである。始まりは明治三十二年(一八九九)正月一日「五時におき六時一寸とそ・ぞうにを食し」と書き出され、昭和五十一年(一九七六)六月三日「朝七時におきたが、わりにいゝ気もち。朝食はおいしくたべた。これでだんだん回復するだろう。足はまだよろよろする」で絶筆となる。

日記だけではない。彼女は他にも記録を残しており、日記をつけつつ自己を確認していった節がある。多くの事件は起きたが、比較的冷静な筆致で、感情移入せずに淡々と記している。それでも、夫・守正が日露戦争に出征した時は「一しほ淋し」と記し、外遊していた時には、「宮様と一緒に御湯に入りし夢をみる」と書くのであった。

勉強熱心な彼女は、赤十字で教育を受け、傷病兵の看護にあたると、「伊都子考案」の杖や義手を工夫したり、また月経帯を工夫したりする。皇族の妃という立場からではあるが、社会の風俗や娯楽などが細々書きつけられているのも面白いし、また戦争に皇族がどのように動員され、またそれにどんな感慨を持っていたのか、知ることのできるのも興味深い。

戦後になると、やや面白みに欠けるのは皇族の地位離脱と関係するのであろうか。だが、皇族妃という立場を離れても、この日記には大きな価値がある。ただ、日記の全文は翻刻されていない。著者が丹念に伊都子の日記を読みながら、歴史の流れを追いつつ、重要部分を引用し、解説を加えているのである。

近代化と戦争を経験した日本の歴史のなかで皇族の妃はどう行動していたのか、これが本書の著者の関心であって、豊富な写真や丁寧で適切な解説に助けられながら読者は読んで行くことになる。それはまことに有り難いのだが、さらに他にどんな記事があるのか、知りたくなる気持ちを満たしてくれない。一寸、残念。
梨本宮伊都子妃の日記―皇族妃の見た明治・大正・昭和  / 小田部 雄次
梨本宮伊都子妃の日記―皇族妃の見た明治・大正・昭和
  • 著者:小田部 雄次
  • 出版社:小学館
  • 装丁:文庫(581ページ)
  • 発売日:2008-11-07
  • ISBN-10:4094083251
  • ISBN-13:978-4094083255
内容紹介:
侯爵鍋島家に生を受け、皇族梨本宮家に嫁ぎ、そして太平洋戦争後は平民となった伊都子妃。明治・大正・昭和の各時代を、七七年間にわたって綴った日記が、その波瀾の生涯を紡ぎ出す。近代日本の歩みを読み解く道標となる本、待望の文庫化。

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 1991年11月22日

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