書評

『中世社会のはじまり〈シリーズ日本中世史 1〉』(岩波書店)

  • 2017/07/01
中世社会のはじまり〈シリーズ日本中世史 1〉  / 五味 文彦
中世社会のはじまり〈シリーズ日本中世史 1〉
  • 著者:五味 文彦
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(272ページ)
  • 発売日:2016-01-21
  • ISBN:4004315794
内容紹介:
中央集権的な古代国家から、様々な力のせめぎ合う中世社会へ。院政の開始、「家」の確立、武士の台頭、そして活力を増す地方の諸国など、噴出する変革の動きの中から、現代にも通じる日本文化の基本的枠組みが形づくられてゆく。家・身体・職能といった文化面にも注目しつつ、中世はじまりの時代のダイナミズムを描く。

大地震が日本人の特性を変える?

ベンヤミンに「夢は目覚めの契機を自らのうちに含む」という名言がある。中世史の啓蒙(けいもう)書シリーズの一巻目である本書によれば、古代社会が含んでいた中世への大きな契機とは九世紀に日本列島を襲った貞観(じょうがん)の大地震をはじめとする天変地異や飢饉(ききん)や疫病だった。その大契機から生まれた三つの小契機のうち(1)が摂関政治。「貞観年間の列島規模での異常事態が政治への求心力を生んだことから、摂関政治への道が切り開かれた」。小契機(2)は「富豪の輩(ともがら)」と呼ばれる郡司(ぐんじ)一族や土着国司などが危機感から墾田開発を行い、所有権を武力を用いて主張し、荘園の発生を促したこと。そして小契機(3)は天変地異や疫病が恨みを呑(の)んで失脚した人々の御霊(ごりょう)によるものとされ、その祟(たた)りを鎮めるために御霊会(え)が開かれて芸能が盛んになったこと。

これら三つの小契機が、後三条天皇の親政の方向性(摂関政治の排除、荘園整理令など)を受け継いだ白河天皇の時代から融合し始める。白河天皇は最愛の后との間に生まれた皇子に皇位を譲位して自らは上皇となった。「これが院政の起点となった。それは天皇が退位して家長権を掌握してゆくなかで成立した政治形態であって、そのもとで天皇家の財産として荘園や公領が集積され、継承されてゆくことになった」

白河院は院北面に武士を伺候(しこう)させて「北面の武士」とする一方、有能な文人官僚や中級貴族を院近臣として組織し、彼らを受領に任じて経済的に安定させて専制の手足としたが、やがて、これらの武士や文人官僚も白河院にならったのか、同じようなことを始める。

「院政が我が皇統に皇位を継承させようとした動機から始まったことからも知られるように、家の形成は子孫にその地位の継承をはかるようになって始まった」。こうした家の形成は摂関家から貴族へ、次いで武士へと広がる。「前九年と後三年の合戦に加わった兵たちは、その存在を自覚するようになり、子孫たちは家を形成していった」

こうして形成された「家」は徳川三百年の平和で家督制へと変化して、二十世紀の後半まで存続する。著者は、中世に生まれた物の見方や慣習が現代にまでつながっていると主張するが、「家」こそはその代表例だろう。

しかし、日本文化のおもしろいのは、その一方で「家」から逸脱しようとする個人の動きを生み出したことだろう。著者はこれを「身体」という概念から理解しようとするが、それは小契機(3)とつながっている。

「院政期の文化を特徴づけていたのは家形成の動きであるが、これに続く時代には、身体の動きに発する文化の傾向が強くなる。その先駆けとなったのは後白河院であり、院は自ら今様を謡って『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』を編み、『法華経』をひたすら読み、猿楽を好むなど、身体を動かすことで直接に文化に関わった」。この流れは後鳥羽上皇の時代に『新古今和歌集』と念仏仏教や禅宗へと行き着く。

「祈祷(きとう)や教学優先の仏教世界に飽きたらずに行動を開始したのが、一向に念仏や坐禅(ざぜん)、読経に邁進(まいしん)すべきことを主張した仏教者である。そこで生まれた浄土宗や禅宗、法華宗(日蓮宗)など新たな仏教運動は、日本人の身体に即していたことから今に繋(つな)がっており、日本人の信仰の大多数を占めているのである」。「家」や身体文化として中世に確立した日本人の特性の起源が貞観の大地震にあるとすれば、東日本大地震と熊本大地震は今後、日本人の特性を変えるかもしれない。

そんな予感を与える中世史シリーズである。
中世社会のはじまり〈シリーズ日本中世史 1〉  / 五味 文彦
中世社会のはじまり〈シリーズ日本中世史 1〉
  • 著者:五味 文彦
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(272ページ)
  • 発売日:2016-01-21
  • ISBN:4004315794
内容紹介:
中央集権的な古代国家から、様々な力のせめぎ合う中世社会へ。院政の開始、「家」の確立、武士の台頭、そして活力を増す地方の諸国など、噴出する変革の動きの中から、現代にも通じる日本文化の基本的枠組みが形づくられてゆく。家・身体・職能といった文化面にも注目しつつ、中世はじまりの時代のダイナミズムを描く。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2016年5月15日

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