書評

『仔羊の頭』(現代企画室)

  • 2017/07/21
仔羊の頭 / フランシスコ・アヤラ
仔羊の頭
  • 著者:フランシスコ・アヤラ
  • 翻訳:松本 健二,丸田 千花子
  • 出版社:現代企画室
  • 装丁:単行本(270ページ)
  • ISBN:4773810106
内容紹介:
1940〜50年代に書き綴られながら、作家の出身国=スペインでは、フランコの死から3年後、1978年にようやく出版されたアヤラの短編集。「人びとの心の中の内戦」として展開した悲劇的なスペイン市民戦争の実相を、市井の庶民の内省と諦観と後悔の裡に描く。セルバンテス賞コレクション第6作。読書… もっと読む
1940〜50年代に書き綴られながら、作家の出身国=スペインでは、フランコの死から3年後、1978年にようやく出版されたアヤラの短編集。「人びとの心の中の内戦」として展開した悲劇的なスペイン市民戦争の実相を、市井の庶民の内省と諦観と後悔の裡に描く。セルバンテス賞コレクション第6作。



読書を通して、人は「自由に想像する世界」を獲得することができる。ドン・キホーテの狂気は騎士道小説の読みすぎに由来すると考えた司祭たちは、彼の書斎に火を放った。書斎の扉を壁で塞いで、書斎そのものを無きものにした。元気を回復したドン・キホーテは、騎士道小説を読もうと書斎に行くものの扉は見当たらず、彼は、かつて扉があったはずの場所を撫で回すだけだった——この稀有な人物を生み出した作家の名を冠したセルバンテス文学賞の受賞スピーチで、アヤラは、「遍歴の騎士」ドン・キホーテにとって、この焚書こそ、彼が経験した数々の困難な冒険の中で、最も痛ましいものだと述べた。



〈セルバンテス賞コレクションとは〉

スペイン文化省は1976年に、スペイン語圏で刊行される文学作品を対象とした文学賞を設置した。名称は、『ドン・キホーテ』の作家に因んで、セルバンテス賞と名づけられた。以後、イベリア半島とラテンアメリカの優れた表現者に対して、この賞が授与されている。このシリーズは、それらの受賞作家の作品を順次紹介するものである。

スペイン内戦の悲惨、鋭く描く

スペイン内戦がらみの小説は、ヘミングウェイやマルローが傑作を書いたが、当のスペイン作家の作品は政治的な事情もあってか、きわめて少ない。その、珍しい例の一つが本書、アヤラの5作からなる中短編集である。いずれも、国が二つに分かれて戦い、最終的に反乱軍が勝利した悲惨な内戦を通奏低音としている。

スペイン本国に限らず、スペイン語圏の小説はなぜか観念的、哲学的なものが多い。「タホ川」をのぞき、すべて一人称で語られる本書の作品群も、おおむね思索的な独白で始まる。それが、途中でにわかにドラマチックな展開になり、ストーリーが躍動し始めるから、虚をつかれる。

冒頭作の「言伝(メンサヘ)」は、いったい何者がどういう目的で、意味不明のメモを残したのかという謎で、最後まで息もつかせず、引っ張っていく。これはまさに、優れたミステリー小説の手法である。翻訳の歯切れのよさも、この作品集の白眉(はくび)といってよい。

「タホ川」は、共和国軍の兵士を殺した反乱軍の兵士が戦後、遺族を探して会いに行く話。内戦に詳しい読者は、ここで主人公が真実を告白して贖罪(しょくざい)を求める、といった美談的展開を予想するだろう。しかし、この国の状況はそれを許さぬほど複雑だった。外国人には想像しえない、内戦の実情をなんの感傷も交えずに鋭く描き出している。

表題作の「仔羊の頭」は、モロッコのフェズを舞台にした、奇譚(きたん)中の奇譚である。同姓の家に招かれた主人公が、親族に降りかかった内戦の悲劇を、いやおうなしに吐露せざるをえない状況に、追い込まれる。最大のごちそうであるはずの、仔羊の頭を出されて消化不良を起こし、ひどく苦しむ結末は言うまでもなく、内戦がいまだに未消化であることを、象徴している。

いずれも、内戦を知らぬ世代にも強く訴える、普遍性に満ちた作品集である。
仔羊の頭 / フランシスコ・アヤラ
仔羊の頭
  • 著者:フランシスコ・アヤラ
  • 翻訳:松本 健二,丸田 千花子
  • 出版社:現代企画室
  • 装丁:単行本(270ページ)
  • ISBN:4773810106
内容紹介:
1940〜50年代に書き綴られながら、作家の出身国=スペインでは、フランコの死から3年後、1978年にようやく出版されたアヤラの短編集。「人びとの心の中の内戦」として展開した悲劇的なスペイン市民戦争の実相を、市井の庶民の内省と諦観と後悔の裡に描く。セルバンテス賞コレクション第6作。読書… もっと読む
1940〜50年代に書き綴られながら、作家の出身国=スペインでは、フランコの死から3年後、1978年にようやく出版されたアヤラの短編集。「人びとの心の中の内戦」として展開した悲劇的なスペイン市民戦争の実相を、市井の庶民の内省と諦観と後悔の裡に描く。セルバンテス賞コレクション第6作。



読書を通して、人は「自由に想像する世界」を獲得することができる。ドン・キホーテの狂気は騎士道小説の読みすぎに由来すると考えた司祭たちは、彼の書斎に火を放った。書斎の扉を壁で塞いで、書斎そのものを無きものにした。元気を回復したドン・キホーテは、騎士道小説を読もうと書斎に行くものの扉は見当たらず、彼は、かつて扉があったはずの場所を撫で回すだけだった——この稀有な人物を生み出した作家の名を冠したセルバンテス文学賞の受賞スピーチで、アヤラは、「遍歴の騎士」ドン・キホーテにとって、この焚書こそ、彼が経験した数々の困難な冒険の中で、最も痛ましいものだと述べた。



〈セルバンテス賞コレクションとは〉

スペイン文化省は1976年に、スペイン語圏で刊行される文学作品を対象とした文学賞を設置した。名称は、『ドン・キホーテ』の作家に因んで、セルバンテス賞と名づけられた。以後、イベリア半島とラテンアメリカの優れた表現者に対して、この賞が授与されている。このシリーズは、それらの受賞作家の作品を順次紹介するものである。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2011年5月29日

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