書評

『北西の祭典 (セルバンテス賞コレクション)』(現代企画室)

  • 2017/07/01
北西の祭典  / アナ・マリア・マトゥテ
北西の祭典
  • 著者:アナ・マリア・マトゥテ
  • 翻訳:大西 亮
  • 出版社:現代企画室
  • 装丁:単行本(195ページ)
  • 発売日:2012-05-08
  • ISBN-10:4773812125
  • ISBN-13:978-4773812121
内容紹介:
1936年——著者マトゥテが11歳の時、あのスペイン内戦は勃発した。多感な少女の胸には、苛酷な内戦のいくつもの記憶が刻まれた。1953年——内戦に勝利したフランコの独裁体制は強固に続いていた… もっと読む
1936年——著者マトゥテが11歳の時、あのスペイン内戦は勃発した。多感な少女の胸には、苛酷な内戦のいくつもの記憶が刻まれた。

1953年——内戦に勝利したフランコの独裁体制は強固に続いていた。作家に成長していた著者は、〈兄弟殺し〉とも言うべき内戦の酸鼻な記憶を、聖書に記されたカインとアベルの物語を踏まえて、本作品に形象化した。

2010年——この閨秀作家は、セルバンテス賞を受賞した。


「物語ることはすなわち生きること」という信念に変わりはない。


〈セルバンテス賞コレクション〉

スペイン文化省は1976年に、スペイン語圏で刊行される文学作品を対象とした文学賞を設置した。名称は、『ドン・キホーテ』の作家に因んで、セルバンテス賞と名づけられた。以後、イベリア半島とラテンアメリカの優れた表現者に対して、この賞が授与されている。このシリーズは、セルバンテス賞受賞作家による、スペイン語圏の傑作文学を紹介するものである。

新鮮な比喩、生々しい皮膚感覚

第2次大戦直後の1948年、20代前半でデビューした本書の著者は、2010年にスペインでもっとも権威ある文学賞の一つ、セルバンテス賞を受賞した。

スペインの現代文学は、同じスペイン語圏でも中南米のそれに比べて、邦訳点数が少ない。それは、一つには30年代後半スペインを席巻した、内戦のせいかもしれない。その後70年代半ばまで続いた、フランコ政府の厳しい言論統制は、反体制的な作品の発表を困難にし、創作活動に大きな制約をもたらした。創作者は、体制批判を声高に行うことができず、別の時代背景や事件に託して、その矛盾を描かざるをえなかった。そのために、スペイン現代文学は妙にシュールだったり、韜晦(とうかい)的だったりして、翻訳されにくい憾(うら)みがあった。

本書も実は、その時代の作品の一つである。旅芸人ディンゴは、故郷の町を通りかかったおり、子供を馬車で轢(ひ)き殺して、警察に拘束される。ディンゴは、幼なじみの大地主フアン・メディナオに、助けを求める。そこから、一転して著者の視点と関心はフアンに移り、その幼時からの思い出が、綴(つづ)られていく。ことに、父親が使用人に生ませた異母弟、パブロ・サカロとの確執が、緊張感を高める。内戦以来の、スペインの社会状況を知っていれば、フアンとパブロの生き方が何を象徴しているか、容易に想像できるだろう。

しかし、そうした背景を知らなくても、この小説を読むのに、いっこうに差し支えはない。骨肉の争い、個人と集団の戦い、美と醜の対立といった、人間社会に普遍的なテーマが、そこに力強く描き出されているからだ。著者のレトリックは多彩で、比喩表現はまことに新鮮というべく、生なましい皮膚感覚がある。

こうした小説を、閉塞(へいそく)感に満ちた50年代前半、30歳に満たぬ若い女性が書き上げたことに、驚きを禁じえない。
北西の祭典  / アナ・マリア・マトゥテ
北西の祭典
  • 著者:アナ・マリア・マトゥテ
  • 翻訳:大西 亮
  • 出版社:現代企画室
  • 装丁:単行本(195ページ)
  • 発売日:2012-05-08
  • ISBN-10:4773812125
  • ISBN-13:978-4773812121
内容紹介:
1936年——著者マトゥテが11歳の時、あのスペイン内戦は勃発した。多感な少女の胸には、苛酷な内戦のいくつもの記憶が刻まれた。1953年——内戦に勝利したフランコの独裁体制は強固に続いていた… もっと読む
1936年——著者マトゥテが11歳の時、あのスペイン内戦は勃発した。多感な少女の胸には、苛酷な内戦のいくつもの記憶が刻まれた。

1953年——内戦に勝利したフランコの独裁体制は強固に続いていた。作家に成長していた著者は、〈兄弟殺し〉とも言うべき内戦の酸鼻な記憶を、聖書に記されたカインとアベルの物語を踏まえて、本作品に形象化した。

2010年——この閨秀作家は、セルバンテス賞を受賞した。


「物語ることはすなわち生きること」という信念に変わりはない。


〈セルバンテス賞コレクション〉

スペイン文化省は1976年に、スペイン語圏で刊行される文学作品を対象とした文学賞を設置した。名称は、『ドン・キホーテ』の作家に因んで、セルバンテス賞と名づけられた。以後、イベリア半島とラテンアメリカの優れた表現者に対して、この賞が授与されている。このシリーズは、セルバンテス賞受賞作家による、スペイン語圏の傑作文学を紹介するものである。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2012年6月24日

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