書評

『東京の創発的アーバニズム: 横丁・雑居ビル・高架下建築・暗渠ストリート・低層密集地域』(学芸出版社)

  • 2024/08/21
東京の創発的アーバニズム: 横丁・雑居ビル・高架下建築・暗渠ストリート・低層密集地域 / ホルヘ・アルマザン+Studiolab
東京の創発的アーバニズム: 横丁・雑居ビル・高架下建築・暗渠ストリート・低層密集地域
  • 著者:ホルヘ・アルマザン+Studiolab
  • 出版社:学芸出版社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(224ページ)
  • 発売日:2022-10-08
  • ISBN-10:4761528303
  • ISBN-13:978-4761528300
内容紹介:
世界のどこにもない東京の最大の魅力は、再開発ラッシュで危機に晒されるヒューマンスケールの商いや居住の集積にある。横丁、雑居ビル、高架下、暗渠等で営まれるパブリックライフを現地調査… もっと読む
世界のどこにもない東京の最大の魅力は、再開発ラッシュで危機に晒されるヒューマンスケールの商いや居住の集積にある。横丁、雑居ビル、高架下、暗渠等で営まれるパブリックライフを現地調査とデータ解析により図解。大企業主導の再開発から、ボトムアップでレジリエント=創発的な都市設計へのシフトを説く画期的都市論。

【目次】
1 東京に探る都市設計の創発的アプローチ
1.1 東京の魅力を構成する五つの都市パターン
1.2 企業主導アーバニズムが招いた危機
1.3 戦後の歴史から東京の未来を探る
1.4 東京を六つの地域モデルに分解する
1.5 ダイナミックで親密な都市構造はいかに発生するか
1.6 都市を設計する創発的アプローチ

2 横丁
2.1 ディープな東京を発見する横丁
2.2 横丁とは?
2.3 闇に隠れた始まり、不透明な未来
2.4 スタートアップを支える現代の横丁
2.5 新宿・ゴールデン街:世界一密集した飲み屋街
2.6 渋谷・のんべい横丁:再開発を免れた極小の飲み屋街
2.7 西荻窪・柳小路:多国籍感あふれるローカルな飲み屋街
2.8 横丁から学ぶこと
Case01 新宿・ゴールデン街
Case02 渋谷・のんべい横丁
Case03 西荻窪・柳小路

3 雑居ビル
3.1 誰も語らない、東京を象徴する建築
3.2 雑居ビルとは?
3.3 建物はどのようにして雑居ビルになるのか?
3.4 新宿・靖国通り:多様な業種が集積した歓楽街
3.5 神楽坂通り:規制緩和と闘う江戸情緒漂う商店街
3.6 新橋・烏森地区:駅前広場の喧騒を逃れた裏路地の小さな賑わい
3.7 雑居ビルから学ぶこと
Case04 新宿・靖国通り
Case05 神楽坂通り
Case06 新橋・烏森地区

4 高架下建築
4.1 高架下に広がる都市空間
4.2 高架下建築の100年の変遷
4.3 アメ横:400店がひしめく高架下商店街
4.4 高円寺:気さくでオープンな都心周縁の商店街
4.5 銀座コリドー街:高速道路下の出会いの聖地
4.6 高架下建築から学ぶこと
Case07 アメ横
Case08 高円寺
Case09 銀座コリドー街

5 暗渠ストリート
5.1 東京を流れる川のようなストリート
5.2 日本のストリートライフを退屈にする政策
5.3 暗渠ストリートの歴史
5.4 原宿・モーツァルト通り~ブラームスの小径:商業地の喧騒を癒すオアシス
5.5 代々木の裏通り:住宅街のプライベートとパブリックの狭間
5.6 九品仏川緑道:緑地に変えて実現した豊かなパブリックライフ
5.7 暗渠ストリートから学ぶこと
Case10 原宿・モーツァルト通り~ブラームスの小径
Case11 代々木の裏通り
Case12 九品仏川緑道

6 低層密集地域
6.1 都市を埋め尽くす膨大な住宅
6.2 低層密集地域とは?
6.3 低層密集地域の魅力
6.4 政策や経済の複合的要因で変質した住宅地
6.5 東中延:都心周縁に広がる典型的な生活空間の集積
6.6 月島:人工島のグリッドの街区が育んだ公共性
6.7 北白金:都心に残された再開発の緩衝地帯
6.8 低層密集地域から学ぶこと
Case13 東中延
Case14 月島
Case15 北白金

7 新しい東京学を目指して
7.1 東京学の六つのアプローチ
7.2 自己オリエンタリズム:東京学の「日本人論」
7.3 東京を批評する新しいアプローチ

8 企業主導アーバニズムから、創発的アーバニズムへ
8.1 東京で拡大する企業主導アーバニズム
8.2 企業主導アーバニズムの失敗の要因
8.3 均質化の口実としての安全
8.4 創発的アーバニズムvs.企業主導アーバニズム
8.5 創発的な都市づくりを実現するため

日常景観、企業主導型で危機に

著者はマドリード工科大で修士号、東京工大で博士号を取得。慶応大学で教鞭を執る、流暢な日本語を喋る建築・都市デザイン研究者である。

東京は「なぜ」「どのように」東京になったのか。「東京学」は戦後幾度も語られてきたが、居住エリアの比較をマドリードと東京で実証研究したこともある著者には、それが日本文化異質論の亜種に映るらしい。安易に「民族的傾向」に還元せず、データベースを読み解き特徴を可視化すれば、東京の街並みは法規制や経済性に起因する。この見方には賛成だ。評者は日本の日常景観が経済活動の副産物として形成されたと考えるからである。

道路に関して言うと、かつて往来は出会いや発見の場だった。ところが警察庁が管轄し歩行者よりも自動車、滞在よりも移動を優先すると、偶発性は封じられてしまう。一方、近代化で水路がドブ川になり、蓋をして「暗渠(あんきょ)」になると、自動車は重量から通行できなくなる。そこで街路でなく緑地に法的に指定された暗渠では、管理が自治体に移り、ベンチを多数置いてくつろぎの空間へと激変するケースがある。

著者はそのような東京独自の「創発的エコシステム」として、横丁、雑居ビル、高架下建築、暗渠ストリート、低層密集地域の五つに注目している。住民が「秩序や機能をボトムアップで自発的に創造」しているとして、3例ずつ環境、詳細、店舗の断面パース・平面パース、隙間空間のマッピングなど美しい図を付し紹介している。

都市計画家と行政がトップダウンで設計したマスタープランや大企業主導の再開発は、海外にはありふれている。家族や個人が少ない資金で起業した小規模な店舗群が、競争しつつも協力・共存し、「集積の経済」を自生させた現象こそが瞠目に値する。多孔質で透過性あるネットワークが特徴の親密な空間だ。

水平な横丁を垂直にしたのが雑居ビル、という表現には膝を打った。新宿・靖国通りの雑居ビルは不思議なことに事業者が入れ替わり個々のサインや看板が変わっても建築的統一感が維持されているが、そこから新宿・ゴールデン街という横丁へ向かう「深夜食堂」のオープニング映像は、東京独自の情景だったのだ。

それ以外にも、高架下建築ではアメ横や高円寺駅西、暗渠ストリートでは代々木裏や九品仏川緑道、低層密集地域では月島や北白金が紹介される。地下鉄が通るまえの1970年代、植木鉢の緑溢れる月島の路地に魅せられて通った評者としては、本書で図解されたアーバンな美こそが東京なのだと共感する。

ところがそうした日常景観は、企業主導型のアーバニズムによって危機に瀕している。アークヒルズを嚆矢とする低層階に商業施設を入れた超高層タワーは、「規模の経済」を追求し周辺を威圧して、上空という公共空間を私物化している。国策で支持されているが、むしろ創発性の欠如と凡庸さで日本の没落を加速させている。

ギリシャ料理屋からウズベキスタンワイン店まで並ぶ西荻窪の柳小路も、不動産会社が地権者で高層ビルと化す可能性があるという。あの奇跡的なカオス感が閉鎖的なビルに置き換わるなら、西荻窪の魅力は半減するだろう。
東京の創発的アーバニズム: 横丁・雑居ビル・高架下建築・暗渠ストリート・低層密集地域 / ホルヘ・アルマザン+Studiolab
東京の創発的アーバニズム: 横丁・雑居ビル・高架下建築・暗渠ストリート・低層密集地域
  • 著者:ホルヘ・アルマザン+Studiolab
  • 出版社:学芸出版社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(224ページ)
  • 発売日:2022-10-08
  • ISBN-10:4761528303
  • ISBN-13:978-4761528300
内容紹介:
世界のどこにもない東京の最大の魅力は、再開発ラッシュで危機に晒されるヒューマンスケールの商いや居住の集積にある。横丁、雑居ビル、高架下、暗渠等で営まれるパブリックライフを現地調査… もっと読む
世界のどこにもない東京の最大の魅力は、再開発ラッシュで危機に晒されるヒューマンスケールの商いや居住の集積にある。横丁、雑居ビル、高架下、暗渠等で営まれるパブリックライフを現地調査とデータ解析により図解。大企業主導の再開発から、ボトムアップでレジリエント=創発的な都市設計へのシフトを説く画期的都市論。

【目次】
1 東京に探る都市設計の創発的アプローチ
1.1 東京の魅力を構成する五つの都市パターン
1.2 企業主導アーバニズムが招いた危機
1.3 戦後の歴史から東京の未来を探る
1.4 東京を六つの地域モデルに分解する
1.5 ダイナミックで親密な都市構造はいかに発生するか
1.6 都市を設計する創発的アプローチ

2 横丁
2.1 ディープな東京を発見する横丁
2.2 横丁とは?
2.3 闇に隠れた始まり、不透明な未来
2.4 スタートアップを支える現代の横丁
2.5 新宿・ゴールデン街:世界一密集した飲み屋街
2.6 渋谷・のんべい横丁:再開発を免れた極小の飲み屋街
2.7 西荻窪・柳小路:多国籍感あふれるローカルな飲み屋街
2.8 横丁から学ぶこと
Case01 新宿・ゴールデン街
Case02 渋谷・のんべい横丁
Case03 西荻窪・柳小路

3 雑居ビル
3.1 誰も語らない、東京を象徴する建築
3.2 雑居ビルとは?
3.3 建物はどのようにして雑居ビルになるのか?
3.4 新宿・靖国通り:多様な業種が集積した歓楽街
3.5 神楽坂通り:規制緩和と闘う江戸情緒漂う商店街
3.6 新橋・烏森地区:駅前広場の喧騒を逃れた裏路地の小さな賑わい
3.7 雑居ビルから学ぶこと
Case04 新宿・靖国通り
Case05 神楽坂通り
Case06 新橋・烏森地区

4 高架下建築
4.1 高架下に広がる都市空間
4.2 高架下建築の100年の変遷
4.3 アメ横:400店がひしめく高架下商店街
4.4 高円寺:気さくでオープンな都心周縁の商店街
4.5 銀座コリドー街:高速道路下の出会いの聖地
4.6 高架下建築から学ぶこと
Case07 アメ横
Case08 高円寺
Case09 銀座コリドー街

5 暗渠ストリート
5.1 東京を流れる川のようなストリート
5.2 日本のストリートライフを退屈にする政策
5.3 暗渠ストリートの歴史
5.4 原宿・モーツァルト通り~ブラームスの小径:商業地の喧騒を癒すオアシス
5.5 代々木の裏通り:住宅街のプライベートとパブリックの狭間
5.6 九品仏川緑道:緑地に変えて実現した豊かなパブリックライフ
5.7 暗渠ストリートから学ぶこと
Case10 原宿・モーツァルト通り~ブラームスの小径
Case11 代々木の裏通り
Case12 九品仏川緑道

6 低層密集地域
6.1 都市を埋め尽くす膨大な住宅
6.2 低層密集地域とは?
6.3 低層密集地域の魅力
6.4 政策や経済の複合的要因で変質した住宅地
6.5 東中延:都心周縁に広がる典型的な生活空間の集積
6.6 月島:人工島のグリッドの街区が育んだ公共性
6.7 北白金:都心に残された再開発の緩衝地帯
6.8 低層密集地域から学ぶこと
Case13 東中延
Case14 月島
Case15 北白金

7 新しい東京学を目指して
7.1 東京学の六つのアプローチ
7.2 自己オリエンタリズム:東京学の「日本人論」
7.3 東京を批評する新しいアプローチ

8 企業主導アーバニズムから、創発的アーバニズムへ
8.1 東京で拡大する企業主導アーバニズム
8.2 企業主導アーバニズムの失敗の要因
8.3 均質化の口実としての安全
8.4 創発的アーバニズムvs.企業主導アーバニズム
8.5 創発的な都市づくりを実現するため

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2022年11月26日

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