画家たちの生身の姿、その時代にも迫る
日本では印象派の人気が高い。ところが、ごった返しの展示会場で絵を眺めても、解説書を読んでも、いま一つ腑(ふ)に落ちないときがある。神話化のオーラがまぶしいほど、個々の作品がかえって遠のいてしまうのだ。優れた絵を描いたとはいっても、印象派の画家たちはしょせん生身の人間である。彼らはどのような社会的な状況のなかで創作を行い、いかに生計を立てたか。政治が目まぐるしく変わるなかで、その立ち位置はどうだったのか。額縁の内側からは何も読み取れない。そうした疑問を想定したかのように、本書は印象派の家庭背景、女性関係を探り、画商の営業努力、政治とのかかわりや作品評価の変遷など、さまざまな角度から後光のさした画家たちの素顔に迫り、印象派の知られざる一面を浮かび上がらせた。
独創的な造形や色彩表現で知られる印象派だが、はじめのうちは美術界の主流から評価されなかった。彼らが名声を獲得するまで、二、三十年を要した。その間、サロンに入選できなくても、アカデミズムの画家や批評家に見下されても、初心を変えずに創作を続けられたのはなぜか。
画家たちの出身階層を調べると、意外なことがわかった。個別的な例外をのぞけば、パリの出身者が多く、裕福な家庭に生まれる人も少なくない。美学の信念を貫いて、作品が売れなくても活動が続けられたのは画家の粘り強い努力だけでなく、家庭からの経済的な支援も大きな理由の一つだ。
前衛的な絵画技法という言葉はこの芸術グループを語るときによく用いられている。革新的とは言い換えれば異端であり、既存の体制から排除されるのは運命づけられることだ。芸術的な「反逆」は果たして時代の偶然なのか。そのことを探るために、著者は彼らが生きた時代にも目を向けた。
十九世紀後半、第二次産業革命が始まり、大量生産はすでに端緒を見せた。哲学では宗教や権威に対し、疑問の目が向けられ、伝統や因習に対する批判の動きはほかの分野でも見られた。そのような時代の流れのなかで、美術の領域において旧来の表現法や作品評価の仕組みに異議申し立ての声があがっても不思議ではない。
印象派の政治的な立場もその傍証といえよう。画家によって濃淡があるが、印象派には共和政の支持者が多い。旧い考えと決別し、近代社会にふさわしい秩序を求めたいという思いは、新しい造形表現を目指そうとする芸術的指向と裏表一体になっているのだ。
もっとも印象に残ったのは絵の値段にまつわる話である。印象派にかぎらず、今日、美術作品はその芸術性よりもむしろ金融商品として注目されている。オークションで法外な落札価格がつけられ、美術品が盗難されるとき、煽情的に報道されるのはその驚くべき値段だ。絵画が投資ないし投機の対象となる起源をさかのぼるとき、印象派の登場が重要な転換点になっている。画商ポール・デュラン=リュエルが絵画取引のビジネスモデルを作ったのは興味深い。
著者は専門的な知見を一般向けにわかりやすく語り掛けるのに長(た)けており、本書でもその手腕は遺憾なく発揮された。学術の最新の動きを紹介しながら、読む者の心をとらえて放さない物語になっているのには舌を巻いた。