書評

『マーリ・アルメイダの七つの月 上』(河出書房新社)

  • 2024/08/10
マーリ・アルメイダの七つの月 上 / シェハン・カルナティラカ
マーリ・アルメイダの七つの月 上
  • 著者:シェハン・カルナティラカ
  • 翻訳:山北 めぐみ
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(288ページ)
  • 発売日:2023-12-26
  • ISBN-10:4309208959
  • ISBN-13:978-4309208954
内容紹介:
「この世界の狂気をどう説明できる?」1990年、内戦下のスリランカ・コロンボ。戦場カメラマンにしてギャンブラー、皮肉屋で放埒なゲイであるマーリ・アルメイダは、目を覚ますと冥界のカウン… もっと読む
「この世界の狂気をどう説明できる?」
1990年、内戦下のスリランカ・コロンボ。戦場カメラマンにしてギャンブラー、皮肉屋で放埒なゲイであるマーリ・アルメイダは、目を覚ますと冥界のカウンターにいた。死んだ記憶はないが、ここに来る前に内戦を終わらせるための重要な写真を撮ったことは覚えている。
写真を公表するため与えられた猶予は七回月が昇るまで。そこに立ちはだかるのは、復讐を誓う青年革命家、生者と隠者を媒介する隠者、爆破テロの犠牲になった博士、そして魂を飲み込む邪神……。陰謀が錯綜するなか、自分を殺した犯人を捜し、内戦を終結させることはできるのか。
スリランカの混沌を駆け抜ける、狂乱のゴースト・ストーリー。

内戦下のスリランカを疾走する幽霊

「<はざま>は混雑しすぎです。このままでは<下>の人々の心は汚染されてしまう。あちこち走り回っては人々の耳に邪悪な考えを吹き込む食屍鬼(グール)が多すぎるのです」と、登場人物のひとりが言う。

<はざま>は、この世<下>とあの世<光>の間にあり、死者たちが最初に目覚める場所だ。本書の主人公にして語り手のマーリも、そこで七つの月(七日間)の猶予を与えられ、<下>に残して来た気持ちを整理して<光>に向かうことを求められる。

<下>こと現世は、1990年のスリランカ、コロンボ。シンハラ人が牛耳る政府と、タミル人武装組織<LTTE>の間で内戦が続き、インドから派遣された平和維持軍<IPKF>、共産主義を掲げる人民解放戦線<JVP>ら、複数の勢力が武装闘争、報復、テロを繰り広げていた時代だ。暗殺や汚職も横行し、流れ弾に当たる子どももいる。こんな中で無念の死を遂げた人々が<はざま>へ行くわけだから、魂は彷徨(さまよ)ってしまう。亡霊たちの怨恨や満たされざる欲望は、現世の混乱に拍車をかける。

七日間は短い。整理がつかず、また整理する気もない死者たちは、盛んに下界へちょっかいを出す。

しかし、マーリの無念はむしろ、混乱を終結させられなかったことに由来する。彼は政治的な組織には属さないフリーランスの戦場カメラマンだ。自分の撮影した決定的な証拠写真が世に出れば、不正は終わり、地獄のような暴力の連鎖も断ち切られ、正義が行われると信じている。ああ、それなのに、死んでしまうとは! しかも、なんで死んだのか、誰に殺されたのか、さっぱりわからない。

マーリにはもう一つ悔いがある。最愛の人DDを残して来たことだ。ハンサムでスポーツマンのDD。危険な仕事はやめて外国にいっしょに行こうと、何度も言ってくれた恋人。常にその真摯な願いをはぐらかしたばかりか、ギャンブルにのめり込み、マリファナに溺れ、一夜限りの相手と寝てはDDに嘘を吐きまくった不誠実さ。誰よりも愛しているのに。いや、いたのに。そして自分に思いを寄せる親友のジャキにも、本当のことを言わずつらい思いをさせた。マーリが、エイズが死に至る病と思われていた時代の、クローゼット(隠している)のゲイであることもこの小説を読むための重要なポイントだろう。

マーリは現世に残して来た写真のネガの在り処をなんとかDDとジャキに伝え、果たせなかった正義を行おうとする。そのために、悪霊(デーモン)と、ある取引をする――。

冥界と俗世、現在と過去を縦横無尽に行き来するマーリの魂が、「おまえ」に語り掛ける形で小説は進行する。じたばたするマーリを少し離れて見つめるもう一人のマーリから発せられるような、この独特の語り。辛辣でほろ苦く自分も他人も深く刺す寸鉄のようなユーモア、疾走感と浮遊感が、全編を強烈に貫いている。

マーリの写真は不正をただすのか。彼は誰に殺されたのか。

90年代のスリランカを読みながら、誰しも現代の世界の混沌を思い浮かべるに違いない。滑稽で恐ろしく、悲しみに満ちていながら、愛おしさに胸打たれる。一読、忘れられない感情を引き出す、2022年ブッカー賞受賞作。
マーリ・アルメイダの七つの月 上 / シェハン・カルナティラカ
マーリ・アルメイダの七つの月 上
  • 著者:シェハン・カルナティラカ
  • 翻訳:山北 めぐみ
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(288ページ)
  • 発売日:2023-12-26
  • ISBN-10:4309208959
  • ISBN-13:978-4309208954
内容紹介:
「この世界の狂気をどう説明できる?」1990年、内戦下のスリランカ・コロンボ。戦場カメラマンにしてギャンブラー、皮肉屋で放埒なゲイであるマーリ・アルメイダは、目を覚ますと冥界のカウン… もっと読む
「この世界の狂気をどう説明できる?」
1990年、内戦下のスリランカ・コロンボ。戦場カメラマンにしてギャンブラー、皮肉屋で放埒なゲイであるマーリ・アルメイダは、目を覚ますと冥界のカウンターにいた。死んだ記憶はないが、ここに来る前に内戦を終わらせるための重要な写真を撮ったことは覚えている。
写真を公表するため与えられた猶予は七回月が昇るまで。そこに立ちはだかるのは、復讐を誓う青年革命家、生者と隠者を媒介する隠者、爆破テロの犠牲になった博士、そして魂を飲み込む邪神……。陰謀が錯綜するなか、自分を殺した犯人を捜し、内戦を終結させることはできるのか。
スリランカの混沌を駆け抜ける、狂乱のゴースト・ストーリー。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2024年4月13日

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