書評
『アスピリン企業戦争: 薬の王様100年の軌跡』(ダイヤモンド社)
20世紀を戦い抜いた“薬の王”
二十世紀はアスピリン・エイジであった。アスピリンほど息の長い医薬品は、まことに他に類例をみない。どうしてなのか。“痛み”を鎮めることは、人類の最大の課題の一つであった。それにアスピリンは効果があった。しかも副作用が少なく安全性が高いとされる。だがアスピリンは、決して乳母日傘(おんばひがさ)でなるべくして薬の王になったわけではない。たたかうアスピリン――そう、アスピリンはいたる所にケンカを売って伸びていった、たくましい存在なのだ。二十世紀という時代に花開いた様々な世界――科学技術の発展という化学の世界はもとより、マガイ物・商標・特許といった発明と模倣の世界、そして広告・マーケティングといった企業経営の世界、さらにはドイツ・アメリカ・ラテンアメリカをまきこんだ国際政治経済の世界。これらを席巻したのが、他ならぬアスピリンであった。
本書は、このアスピリンのたたかいぶりを三部にわけて考察する。アスピリンの誕生からアメリカへの進出、それに二度にわたる世界大戦をバイエルが戦い抜く姿を描いたのが第一部である。とりわけ第一次大戦におけるバイエルの知的所有権をめぐる争いや、第二次大戦におけるナチスに対するバイエルの抵抗から協調への転換は、本書の白眉(はくび)をなす。
ラテンアメリカにおけるアスピリンの広告が親ナチス宣伝へ傾斜していく過程や、ナチスによる人造石油の買い取りを条件にバイエルがアメリカ市場を放棄する経緯には興味がつきない。
第二部では、大衆社会状況の中でマスメディアを通じて鎮痛剤戦争が戦われる有り様を、ヴィヴィッドに描き出す。それはまたアメリカ社会を象徴する恐るべき訴訟合戦の世界でもあった。
一九七〇年代におけるアスピリンにかわる鎮痛剤の成功にもかかわらず、最近になって血液凝固の防止という新たな薬効がアスピリンに発見されたとするのが、第三部であり、ここにアスピリンはみごとに蘇ったのだ。
ALL REVIEWSをフォローする




































