書評

『夢語り・夢解きの中世』(吉川弘文館)

  • 2024/10/08
夢語り・夢解きの中世 / 酒井 紀美
夢語り・夢解きの中世
  • 著者:酒井 紀美
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(188ページ)
  • 発売日:2021-02-19
  • ISBN-10:4642071601
  • ISBN-13:978-4642071604
内容紹介:
中世において、夢は現実であり未来だった。人びとは夢の告げを信頼して行動の指針、生きる目標とした。夢を見ることに努め、夢を語りあった。日記や物語などに登場する夢の話を読み解き、中世… もっと読む
中世において、夢は現実であり未来だった。人びとは夢の告げを信頼して行動の指針、生きる目標とした。夢を見ることに努め、夢を語りあった。日記や物語などに登場する夢の話を読み解き、中世の心象風景を描き出す。

はじめに―夢と未来と/夢を乞う(聖所での夜籠もり/夢の「民主化」/参籠通夜して夢を得る/「聖所」のすそ野/祈請・断食・穀断ち/聖なる時/傍らの人/夢見の共同世界)/夢あわせ(うれしきもの/新たなる陰陽師/夢解きの女/夢解きも、かんなぎも/龍女に夢を語る/龍女とは?/龍女と惣一/陰陽師による夢祭/金鼓を打つ/夢の行程)/夢語りの禁止(代わって夢を/主従の絆と夢/夢を取る/夢をめぐる姉妹/夢の所有者/夢語りの禁止/日本国を捨てる神/夢語らずの日)/夢語り共同体(ねえ、あのお家で何してたの?/それは正夢です/閉鎖的ではない「夢語り共同体」/まだこの花は常のこの春/神人の夢想/音を施す/霊薬を得る/後小松院の夢想/自分は誰か?)以下細目略/夢と死者/夢の記録/夢と塔/将軍の夢/おわりに―夢情報のゆくえ/補論―日本史の中の夢

それは神仏からのメッセージ

夢か現実かと、疑うような事件が起き、バーチャルな世界がそれを加速化している。どうもバブルの夢の崩壊を経てから後、湾岸戦争、地下鉄サリン事件、そしてこのたびの多発テロ事件と、「悪夢の時代」に入ったかのようだ。

こうした時には「良い夢」を見たいと思う。どうしたら良い夢が見られるのか。

そう思ったら、歴史を振り返ってみるのが良い。夢に力があった時代、それが中世であった、と本書の著者はいう。

夢は神聖な場である神社や寺院などに参籠し、精進して祈ると、明け方の、聖なる時に夢を見ることになる。そうした場は様々に生まれていた。

法隆寺の夢殿はその早い例であるが、中世になると、寺院の礼所や神社の拝所がその機能をはたすべく設けられた。

夢を見ることは見たものの、何を意味しているのかよくわからない。

そうした時には、夢を解いてくれる夢解きの巫女や陰陽師などに頼むのがよい。きっと良い夢であると語ってくれよう。

しかし悪い夢だったらどうしようか。

その時は、陰陽師に夢祭を行ってもらい夢を違えさせるのだ。

自分でも良い夢を見たと思う。これは神仏からのメッセージだから、私の思いはかないそうだ。しかし本当だろうか。

でも周りの人も同じような夢を見たと言っているではないか。それで確信がもてよう。

だが、ついつい見た良い夢のことを人にしゃべってしまった。夢は取られたり、買われると言われ、夢は語るな、とも言われているが、大丈夫だろうか。

それはつまらぬ人に語ったためにそうなるのであって、信頼できる人に語ったのであれば、大丈夫だ。

それで安心した。夢を語り合える人達があっての、私であると納得した。

ところで昨日の夜に見た夢は、自分のことではない。どうも神仏が私を通して社会に知らせようとしたものらしい。

こうした時は夢の記録をしたため、人々に知らせたほうがよい、という。高札などに記して神社の鳥居の前にでも立てようか、いやいや、あの方に知らせれば、何とかしてくれよう。

夢の記録を受け取った政治家は、政治の立て直しをきっと考えてくれるであろう。まさか自分が見た夢とは違うなどと言って、取り合わないことなんてないだろうね。

本書はこうした夢の具体例を多数とりあげて平易な解説を加え、夢が大きな力をもっていた中世の在り方を探っている。

壮大な夢を見た明恵の『夢記(ゆめのき)』を始めとする夢の記録、夢にまつわる珍談・奇談を収録した『今昔物語集』などの説話集、夢の場を描く『春日権現験記絵(げんきえ)』などの絵巻物、夢語り共同体を示す『看聞御記(かんもんぎょき)』などの日記、といった中世の文献を博捜し、難解な文章を読み解いて、わかりやすく語ってくれる。一気に読ませてしまう好著である。

こうして読んでゆくうちに、私に聞こえてきたのが、『梁塵秘抄』に載る次の今様であった。

仏は常にいませども
現ならぬぞあはれなる
人の音せぬ暁に
ほのかに夢に見えたまふ

こうした歌などもとりあげて欲しかった、と思う。そして、今の世の悪夢を夢違えさせて欲しい、とついつい願ってしまうのは、甘い考えだろうか。

【旧版】
夢語り・夢解きの中世 / 酒井 紀美
夢語り・夢解きの中世
  • 著者:酒井 紀美
  • 出版社:朝日新聞出版
  • 装丁:単行本(195ページ)
  • 発売日:2001-09-01
  • ISBN-10:4022597836
  • ISBN-13:978-4022597830

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夢語り・夢解きの中世 / 酒井 紀美
夢語り・夢解きの中世
  • 著者:酒井 紀美
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(188ページ)
  • 発売日:2021-02-19
  • ISBN-10:4642071601
  • ISBN-13:978-4642071604
内容紹介:
中世において、夢は現実であり未来だった。人びとは夢の告げを信頼して行動の指針、生きる目標とした。夢を見ることに努め、夢を語りあった。日記や物語などに登場する夢の話を読み解き、中世… もっと読む
中世において、夢は現実であり未来だった。人びとは夢の告げを信頼して行動の指針、生きる目標とした。夢を見ることに努め、夢を語りあった。日記や物語などに登場する夢の話を読み解き、中世の心象風景を描き出す。

はじめに―夢と未来と/夢を乞う(聖所での夜籠もり/夢の「民主化」/参籠通夜して夢を得る/「聖所」のすそ野/祈請・断食・穀断ち/聖なる時/傍らの人/夢見の共同世界)/夢あわせ(うれしきもの/新たなる陰陽師/夢解きの女/夢解きも、かんなぎも/龍女に夢を語る/龍女とは?/龍女と惣一/陰陽師による夢祭/金鼓を打つ/夢の行程)/夢語りの禁止(代わって夢を/主従の絆と夢/夢を取る/夢をめぐる姉妹/夢の所有者/夢語りの禁止/日本国を捨てる神/夢語らずの日)/夢語り共同体(ねえ、あのお家で何してたの?/それは正夢です/閉鎖的ではない「夢語り共同体」/まだこの花は常のこの春/神人の夢想/音を施す/霊薬を得る/後小松院の夢想/自分は誰か?)以下細目略/夢と死者/夢の記録/夢と塔/将軍の夢/おわりに―夢情報のゆくえ/補論―日本史の中の夢

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2001年10月28日

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