書評

『維新の構想と展開 日本の歴史20』(講談社)

  • 2024/11/15
維新の構想と展開 日本の歴史20 / 鈴木 淳
維新の構想と展開 日本の歴史20
  • 著者:鈴木 淳
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(384ページ)
  • 発売日:2010-02-10
  • ISBN-10:4062919206
  • ISBN-13:978-4062919203
内容紹介:
短期間で近代国家を作り上げた新政府。それは何をめざし、どのような手法で、誰の手によってなされたのか。また、前時代の遺産の清算や、新たな政策・制度の伝達・徹底はどのように行われたの… もっと読む
短期間で近代国家を作り上げた新政府。それは何をめざし、どのような手法で、誰の手によってなされたのか。また、前時代の遺産の清算や、新たな政策・制度の伝達・徹底はどのように行われたのか。地方官や戸長の役割と活動に注目し、「上からの変革」と人々の自前の対応により形作られてゆく「明治」を、五箇条の御誓文から帝国憲法発布までを舞台に活写。

目次
第1章 明治の「藩」
第2章 戸長たちの維新
第3章 士族の役割
第4章 官と民の出会い
第5章 内治を整え民産を殖す
第6章 憲法発布

官による変革に民はどう対応したか

維新の時代を描く場合、その政治の激動を中心に描くのが普通である。西郷や大久保、木戸、岩倉、伊藤、板垣などの維新の元勲や民権運動家の動きを追うことで、維新の構想がどう掲げられ、紆余曲折を経ながら近代国家の体裁を整えるまでを描くというのが基本的なスタイルである。

本書の書名を見て、はじめは、そうしたものと思ったのだが、全く違った。本書の書き出しは明治天皇が初めて太平洋を見たことに始まる。その海を経て押し寄せる近代技術や近代軍事力に対して、体制を変革し、全社会的に対応することが維新の始まりであるとし、その社会変革を探るという形で叙述は進められていく。これはひと味違った維新史の登場である。

その維新の構想は五箇条の御誓文に掲げられ、大日本帝国憲法の発布に結実するが、その期間が本書の対象となる。まず五箇条の御誓文がいかに大きな位置を占めていたのかを明らかにする。特に「上下心を一にして盛んに経綸(けいりん)を行ふべし」などの箇条がどのように定められ、どのように受け入れられていったのかを探り、起草者とそれを受容する側との違いが浮き彫りにされていく。

たとえば「経綸」ということばは、本来は経済と同義で使われていたのが、政府のなかでも理解されずに、『太政官日誌』に「経論」と誤って載せられたごとく、政治の論議の意味で使われるようになったことなど、興味深い指摘が多く見える。

また「広く会議を興し万機公論に決すべし」という箇条から、「公議」が明治政府を支える理念となったことに言及し、それが版籍奉還から廃藩置県にいたる明治の「藩」の動向のなかでどう機能していたのかを探っている。

本書の特徴は、第二章の「戸長たちの維新」にはっきりと見えてくる。新政府から次々と出されてくる改革の指令、それらはあい矛盾したお触れであり、次々に到来するなかで、県や村は対応に追われたが、さらにまた県と住民をつなぐ区や村に置かれた戸長はその板挟みにあった事情が、活写されている。

維新とはかけ離れていた地域の住民に地域の制度上の維新を推進する役目を担ったのがこの戸長であり、それが成長して、次の経済上の維新を担うことになったという指摘はそうかと納得させられた。

また新政府にとって頭の痛い問題となったのが、藩が廃止されて大量に生まれた士族の失業者であり、政府は禄を与えたが、これが財政を圧迫することになり、何とかしなくてはならなかった。徴兵制度をしいたこともあって、士族の存在は完全にお荷物となっていたのである。しかしその処遇をひとつ間違えば、とりかえしがつかなくなる。

そうしたなかで起きたのが、征韓論や台湾征討といった対外戦争の主張であったが、著者は、明治八年に日本の軍艦「雲揚」が朝鮮側から砲撃を受けたという江華島事件をとりあげ、その事件の真相に迫ることから問題を探っている。

艦長による正式な報告は十月八日付でなされたが、これは以前に九月二十九日付の報告書があって、その二つの報告書の違いから、正式報告書が実は対外向けに幾つか書き直されていることを明らかにしている。この付近の分析は極めて手堅く、その抑制された叙述は当時の政府情勢をよくとらえていて信頼がおける。

翌九年二月に黒田清隆はこの江華島事件を背景にして条約の締結に至ったが、そこではアメリカから輸入したガトリング砲を威嚇として使ったという点も興味深かった。こうして士族不満を外に向ける努力が行なわれたが、十年の西南戦争の危機を経て不満もしだいに収束していった。

士族は新たな道を模索することになり、その一つが士族を中心とした民権運動であったが、政府も巡査の警察制度などに士族を登用したり、授産による国立銀行を誕生させて、次の企業勃興の時代への展開をもたらすことになったという。

さて本書の「維新の展開」の部分を最もよく示しているのが「官と民の出会い」という表現である。上からの変革とそれに人々が事前の対応をどうとったのか、という問題が一貫して追究されている。現代にもつながる大きな問題である。とはいえ現代では、むしろ下からの変革とそれへの官の対応というべき問題であろうが。

総じて経済史を専門とする著者だけに、細かい数字までを丁寧にあげて詳しく分析しており、また過度な思い入れを排し、制度や人の動きを丹念に追って探っているなど、信頼に足る一冊になっている。全体の政治の流れを知っていないと、突然に叙述が始まってとまどうこともあるが、よく読んでゆけば、きちんと説明されており、首尾一貫したものとなっている好著である。
維新の構想と展開 日本の歴史20 / 鈴木 淳
維新の構想と展開 日本の歴史20
  • 著者:鈴木 淳
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(384ページ)
  • 発売日:2010-02-10
  • ISBN-10:4062919206
  • ISBN-13:978-4062919203
内容紹介:
短期間で近代国家を作り上げた新政府。それは何をめざし、どのような手法で、誰の手によってなされたのか。また、前時代の遺産の清算や、新たな政策・制度の伝達・徹底はどのように行われたの… もっと読む
短期間で近代国家を作り上げた新政府。それは何をめざし、どのような手法で、誰の手によってなされたのか。また、前時代の遺産の清算や、新たな政策・制度の伝達・徹底はどのように行われたのか。地方官や戸長の役割と活動に注目し、「上からの変革」と人々の自前の対応により形作られてゆく「明治」を、五箇条の御誓文から帝国憲法発布までを舞台に活写。

目次
第1章 明治の「藩」
第2章 戸長たちの維新
第3章 士族の役割
第4章 官と民の出会い
第5章 内治を整え民産を殖す
第6章 憲法発布

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2002年7月21日

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