前書き
『カップ焼きそばの謎』(早川書房)
まえがき
「カップ焼きそばは焼きそばか?」これまで私が何度もされてきた質問だ。たしかにカップ焼きそばは、揚げ麺をお湯で戻しただけで焼いてはいない。それなのに焼きそばと呼べるのだろうか?
私は焼きそばの食べ歩きを趣味にしている。2011年に『焼きそば名店探訪録』というブログを開設し、全国のご当地焼きそばや世界各地の焼きそばに類する麺料理を食べ歩いてきた。
さらに趣味が高じて焼きそばの歴史を研究し始めた。ハヤカワ新書『ソース焼きそばの謎』『あんかけ焼きそばの謎』は“ソース焼きそばは中華料理のヤキソバのパロディとして生まれた”、”パロディの元ネタのヤキソバはカタ焼きそばだった”などの自説を詳述したものだ。
しかし大多数の人にとって、最も身近な焼きそばといえば、やはりカップ焼きそばだろう。カップに熱湯を注ぎ、三分経ったら湯切りして、ソースを混ぜればできあがり。食欲を刺激するソースの香りは、本物の焼きそばを凌駕するほどだ。
好みの銘柄を決めている人も多い。特に子どもの頃から食べ慣れているブランドは、同じ時間を長年共有してきた大切な思い出でもある。贔屓(ひいき)のカップ焼きそばは、あって当然ともいえる。
カップ焼きそばの人気は、2017年に出版された書籍『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(神田桂一・菊池良、宝島社)の大ヒットからもうかがえる。著名な文豪や文筆家の文体を真似たパスティーシュがツイッターで話題となり、書籍化されてシリーズ累計一七万部以上を売り上げた。発想と内容が秀逸なのはもちろんだが、数多くの読者がカップ焼きそばの作り方を一般常識として共有していなければ成立しなかった企画だろう。
もちろん私もカップ焼きそばが大好きだ。前述したブログでは、飲食店が提供する焼きそばだけを扱っているが、それとは別にカップ焼きそばや袋麺焼きそばのレビューも、SNSでひっそりと投稿し続けてきた。取材を受けた際に話題にのぼることも多い。焼きそばを語るうえで、カップ焼きそばは避けて通れない存在なのだ。
世界初のカップ焼きそば発売は1974年のこと。つまり昨年2024年に誕生から50周年を迎えた。本年2025年は、新たな50年への第一歩を踏み出す年となる。半世紀に及ぶカップ焼きそばの歴史を振り返るには、いまがちょうどよいタイミングだろう。
即席麺メーカーで大手とされる会社は五社ある。日清食品・東洋水産(マルちゃん)・サンヨー食品(サッポロ一番)・明星食品・エースコック。その五社に、ペヤングのまるか食品、元祖のエビス産業を加えた七社は、それぞれ時代を画するカップ焼きそばを発売してきた。各メーカーの社風や経営理念、開発に至った経緯、発売時点の社会情勢などなど、商品の背景は様々だ。
本書では、それら時代を代表するカップ焼きそばを年代順に取り上げてみた。
たとえば第一章の〈エビスカップ焼そば〉。日本初=世界初のカップ焼きそばだが、どのメーカーが発売して、どんな容器で、どんな具が使われていたのか? そもそもなぜカップ焼きそばを開発しようと考えたのか?
あるいは最終章の〈ごつ盛り ソース焼そば〉。現在カップ焼きそばの売上げランキングで一・二を争うほどの大ヒット商品だが、消費者にはほとんど知られていない。そもそも商品名すら聞いたことがない人も多い。大ヒットしているはずなのに、なぜそれほど知名度が低いのか?
どちらも重要な商品だが謎に包まれている。そう。カップ焼きそばには謎が多いのだ。即席麺メーカーのシェア争いは、権謀術数・合従連衡が渦巻いた戦国時代にも似た緊張感と魅力がある。なぜそのカップ焼きそばが生み出され、その時代を制したのか? あるいはなぜ消えたのか? そして、消費者はどのようにそれらを食し、文化として親しんできたのか? 1970年代から現在に至るカップ焼きそば市場の半世紀。身近で安価な各社商品に秘められた数々の謎は、きっとあなたの知的好奇心を刺激することだろう。
なお本文に登場する人物の敬称は、省略させていただいた。その点はご了承を願いたい。本書を通じてカップ焼きそばという身近な存在の裏話の数々を楽しんでいただき、そのうえ焼きそばをさらに好きになってくれたのなら、筆者としてはとても嬉しく思う。
そうそう、冒頭の質問について。「カップ焼きそばは焼きそばか?」と訊かれたら、私は迷わず「イエス」と答えている。理由は――この本の最後に明かすとしよう。
【イベント情報】「月刊ALL REVIEWS」塩崎省吾 × 鹿島茂『カップ焼きそばの謎』(ハヤカワ新書)を読む
【日時】2026/07/12 (日) 19:00 -20:30【会場】PASSAGE SOLIDA(神保町)
【参加費】カップ焼きそば試食・ワンドリンク付き 現地参加:2,750円(税込)、 オンライン視聴:1,650円(税込)(アーカイブ視聴可)
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