書評

『戦国日本の資源戦略-秀吉・家康が求めた鉛、硫黄、硝石』(中央公論新社)

  • 2026/10/07
戦国日本の資源戦略-秀吉・家康が求めた鉛、硫黄、硝石 / 上垣外 憲一
戦国日本の資源戦略-秀吉・家康が求めた鉛、硫黄、硝石
  • 著者:上垣外 憲一
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:新書(296ページ)
  • 発売日:2026-08-21
  • ISBN-10:4121029224
  • ISBN-13:978-4121029225
内容紹介:
鉄砲伝来後、日本ではほとんど採れない黒色火薬の原料である硝石の確保が戦国大名たちの死活問題となった。戦略物資である鉛や大砲、戦艦、水銀についてもイエズス会などと交渉が繰り広げられ… もっと読む
鉄砲伝来後、日本ではほとんど採れない黒色火薬の原料である硝石の確保が戦国大名たちの死活問題となった。
戦略物資である鉛や大砲、戦艦、水銀についてもイエズス会などと交渉が繰り広げられる。
一方で、国内で豊富に産する硫黄や銀をめぐって利権確保の駆け引きが続く。
大名どうし、さらにはポルトガルやスペイン、中国などとの間で資源争奪戦はどう展開したのか。
そして家康はいかに「平和なアジアの海」を実現したのか。


■□■目次■□■

はじめに

序章 ポルトガル船の東アジアへの出現
明との国交回復ならず/福建貿易の活気/ポルトガル船の跋扈

第一章 ポルトガルの大砲と硝石、硫黄
必須の軍需物質、鉛
大友宗麟の大砲/長篠の合戦での鉛銃弾/銀精錬、灰吹法は鉛を用いる
黒色火薬の主成分、硝石
国産では足りない硝石/キリシタン大名と硝石/大友宗麟の受洗/有馬晴信の受洗/イエズス会による硝石提供/信長と硝石/家康と鉛、硝石/睦平鉱山をめぐる信玄との攻防/小牧・長久手合戦の補給線/伊勢の安濃津は日本三津の一つ
硫黄は輸出品
大友氏の硫黄輸出/土木の変/伊勢神宮と水銀
東海道と伊勢湾
東海道の繁栄と金/伊勢湾ルートの重要性/倭寇の密貿易と『日本一鑑』/『日本一鑑』の示す日本貿易路/「中道」ルート/「右道」ルート/日本海ルートの可能性
小牧・長久手と富士金山
家康には硝石を輸入できる港がなかった/家康の金山/家康の関東経営/秀吉の能力主義/関ヶ原へ――硫黄戦争としての関ヶ原

第二章 九州の硫黄をめぐる攻防
御蔵入地と石田三成
秀吉の蔵入地/石田三成の辣腕/島津領内の取り仕切り
豊後の硫黄問題
大友義統の改易/臼杵城と杵築城の城主/三成による硝石、鉛、硫黄の統制
薩摩の硫黄輸出港
硫黄生産地・鬼界ヶ島/藤原惺窩の鬼界ヶ島行き/硫黄を求める南蛮船
加藤清正弾薬飢饉
弾薬は自弁/加藤清正のルソン貿易/豊後の分割/太田一吉の豊後領と阿蘇火山

第三章 文禄・慶長の役と三成、長政、そして家康
石田三成と浅野長政の争い
太閤渡海と浅野長政/姜沆『看羊録』/福原長尭の「讒言」/なぜ戦線縮小か?/関白秀次厭戦気分/再び硫黄、そして家康
鉄装甲船、太閤御渡海
秀吉御座船の「威容」/一時停戦/御座船は危うい/家康の兵船建造/兵船用の木材調達/秀次弁護/細川忠興の借金/「なんの働きもない」三成/石垣原の戦い

第四章 御座船と「ふすた船」――海軍力の問題
「ノアの箱舟」――鉄製浮かぶ砲台
巨大艦とその武装/慶長の役の日本艦隊の海軍力/山田長政の「がれうた船」
名護屋に来航した明使節と密偵
和平か継戦か/関白秀次の「謀反」/密偵が見た秀次/秀次処刑
博多の「ふすた船」
秀吉の来訪目的/ポルトガル沈没船、フッガー商会の銅/フスタ船の購入交渉/伴天連追放令/名護屋への各国船の到来/名護屋来航のカンボジア船

第五章 大戦争で、硫黄が最大の利権に
川中島の硫黄
森忠政を川中島に封じる/上杉から川中島を奪った三成/なぜ森忠政は川中島を得たのか
上杉謙信と川中島の硫黄
謙信、秘伝書を授けられる/川中島の硫黄はどこに運ばれたか/リーフデ号漂着と関ヶ原の合戦
改易、領地召し上げ、小早川秀秋の場合
漢城進撃と稷山の戦い/明軍の唐津到着/蔚山の戦いと秀吉の激怒/小早川秀秋の減封事件/博多町衆の進物/戦績報告の再吟味
水銀入手の問題
銀精錬法の革新/水銀は誰が運んできたか/戦争は終わったが

第六章 平和の海の構築へ
家康の全方位貿易戦略
朝鮮との和議/御朱印貿易の精神
スペインとの国交
家康の平和/サン・フェリペ号漂着
家康のスペイン外交模索とウィリアム・アダムズ
イギリスによるマニラ・ガレオン襲撃/カルヴァリン砲の入手

第七章 家康のフィリピン外交
関東寄港の要求
ジェズスの書簡/造船技術者の招聘依頼/メキシコとの交易/カンボジアの硝石
水銀、鉱山技術者、メキシコ
大久保長安と水銀輸入/浦賀―アカプルコ貿易路
三浦按針の活躍
エスピリット・サント号の漂着/小サンティアゴ号の来航/アダムズが案内/アダムズ、マニラへ
水銀は、運ばれたか?
イエズス会への補償/オランダvs.ポルトガル/総督の来日/水銀輸入の合意/貿易で繁栄を/バラストとして積載?/サン・ブエナ・ベントゥーラ号の建造/鉱山技術の問題

終章 家康の平和

本書関連年表

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覇を唱える前に備えた知恵の数々

戦国時代について語るとき、有力大名の統率力、判断力、人格的魅力がよく挙げられている。そのかわり、戦の勝敗を左右する戦略物資に向ける視点が往々にして欠落しており、軍需品の調達が指揮官の資質として注目されたこともほとんどない。

中世の後半になると、世界が大きく動き出した。十五世紀末、ヨーロッパでは火器の性能が大きく向上し、最新鋭の戦艦も造られた。南蛮貿易に伴い、日本にもそうした新兵器がもたらされ、大名のあいだの勢力図を大きく変えた。

なかでも大砲は戦いの行方を左右する兵器である。イエズス会はキリシタンになった大名でなければ大砲などの武器を原則として提供しない。大友宗麟は、島津義久との合戦の直前に洗礼を受け、大砲と弾薬を入手して戦いに備えた。宗麟の入信はキリスト教への関心によるものだと見られがちだが、重兵器の調達という実益も絡んでいた。

島原を領する有馬晴信もまた同じだ。晴信は最初キリスト教に好意的ではなかった。ポルトガル船に鉛や硝石を供給してもらうために、洗礼を受けた。

天下争いのなかで、徳川家康の深謀遠慮は本書の最大の見どころである。家康は一介の弱小大名としていかにして強力なライバルを打ち負かし、征夷(せいい)大将軍の地位に上り詰めたのか。その鮮やかな逆転劇は政治手腕、軍事作戦、人生哲学などさまざまな面から論じられてきたが、鉱物資源の一点に絞ったのは本書が初めてであろう。

群雄が乱戦しているとき、家康が最優先に考えたのはまさに武器弾薬の調達である。海上作戦を見据えて、スペイン人の造船技術者を招聘(しょうへい)し、関東で西洋式帆船を作らせようとしたし、大坂の陣を前にしてイギリスから最新兵器のカルヴァリン砲やオランダのセーカー砲を購入した。

もっともこだわりを見せたのは硝石の確保だ。小牧・長久手の合戦の後、軍事的に優勢の家康が兵を引いたのは秀吉に頭を下げたのではなく、輸入硝石に頭を下げたという指摘は計算上手の家康の心のうちを見抜いて鋭い。征夷大将軍になった後、家康がカンボジアからの輸入を試みたのも、調達先の多角化を図るためだ。

そうした戦略資源を手に入れるには膨大な資金が必要なのはいうまでもない。その軍資金の工面にも明確な戦略があった。家康はむやみに領地を拡大するのではなく、輸出の主力商品である銀や硫黄の産地を勢力下に置くことを最大の目標にした。当時、アマルガム法という、水銀を使った銀の精錬技術が用いられている。銀の増産をはかるためには、日本に産出しない水銀の輸入が不可欠だ。御朱印貿易の目的は日本の銀、硫黄、刀剣の輸出による資金獲得のためだけでなく、水銀の入手も大きな目的の一つであった。

明の海禁もあって、硝石をはじめ鉱物の取引は密貿易が絡んだ場合が多い。通関記録はほとんど残っておらず、当事者のあいだの書簡をはじめ、イエズス会やポルトガル、スペイン方面の資料にわずかな手掛かりを求めるしかない。史料の断片を推理の糸で丁寧に縫い合わせることによって、物語としての戦国史はいよいよ面白さを増してきた。
戦国日本の資源戦略-秀吉・家康が求めた鉛、硫黄、硝石 / 上垣外 憲一
戦国日本の資源戦略-秀吉・家康が求めた鉛、硫黄、硝石
  • 著者:上垣外 憲一
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:新書(296ページ)
  • 発売日:2026-08-21
  • ISBN-10:4121029224
  • ISBN-13:978-4121029225
内容紹介:
鉄砲伝来後、日本ではほとんど採れない黒色火薬の原料である硝石の確保が戦国大名たちの死活問題となった。戦略物資である鉛や大砲、戦艦、水銀についてもイエズス会などと交渉が繰り広げられ… もっと読む
鉄砲伝来後、日本ではほとんど採れない黒色火薬の原料である硝石の確保が戦国大名たちの死活問題となった。
戦略物資である鉛や大砲、戦艦、水銀についてもイエズス会などと交渉が繰り広げられる。
一方で、国内で豊富に産する硫黄や銀をめぐって利権確保の駆け引きが続く。
大名どうし、さらにはポルトガルやスペイン、中国などとの間で資源争奪戦はどう展開したのか。
そして家康はいかに「平和なアジアの海」を実現したのか。


■□■目次■□■

はじめに

序章 ポルトガル船の東アジアへの出現
明との国交回復ならず/福建貿易の活気/ポルトガル船の跋扈

第一章 ポルトガルの大砲と硝石、硫黄
必須の軍需物質、鉛
大友宗麟の大砲/長篠の合戦での鉛銃弾/銀精錬、灰吹法は鉛を用いる
黒色火薬の主成分、硝石
国産では足りない硝石/キリシタン大名と硝石/大友宗麟の受洗/有馬晴信の受洗/イエズス会による硝石提供/信長と硝石/家康と鉛、硝石/睦平鉱山をめぐる信玄との攻防/小牧・長久手合戦の補給線/伊勢の安濃津は日本三津の一つ
硫黄は輸出品
大友氏の硫黄輸出/土木の変/伊勢神宮と水銀
東海道と伊勢湾
東海道の繁栄と金/伊勢湾ルートの重要性/倭寇の密貿易と『日本一鑑』/『日本一鑑』の示す日本貿易路/「中道」ルート/「右道」ルート/日本海ルートの可能性
小牧・長久手と富士金山
家康には硝石を輸入できる港がなかった/家康の金山/家康の関東経営/秀吉の能力主義/関ヶ原へ――硫黄戦争としての関ヶ原

第二章 九州の硫黄をめぐる攻防
御蔵入地と石田三成
秀吉の蔵入地/石田三成の辣腕/島津領内の取り仕切り
豊後の硫黄問題
大友義統の改易/臼杵城と杵築城の城主/三成による硝石、鉛、硫黄の統制
薩摩の硫黄輸出港
硫黄生産地・鬼界ヶ島/藤原惺窩の鬼界ヶ島行き/硫黄を求める南蛮船
加藤清正弾薬飢饉
弾薬は自弁/加藤清正のルソン貿易/豊後の分割/太田一吉の豊後領と阿蘇火山

第三章 文禄・慶長の役と三成、長政、そして家康
石田三成と浅野長政の争い
太閤渡海と浅野長政/姜沆『看羊録』/福原長尭の「讒言」/なぜ戦線縮小か?/関白秀次厭戦気分/再び硫黄、そして家康
鉄装甲船、太閤御渡海
秀吉御座船の「威容」/一時停戦/御座船は危うい/家康の兵船建造/兵船用の木材調達/秀次弁護/細川忠興の借金/「なんの働きもない」三成/石垣原の戦い

第四章 御座船と「ふすた船」――海軍力の問題
「ノアの箱舟」――鉄製浮かぶ砲台
巨大艦とその武装/慶長の役の日本艦隊の海軍力/山田長政の「がれうた船」
名護屋に来航した明使節と密偵
和平か継戦か/関白秀次の「謀反」/密偵が見た秀次/秀次処刑
博多の「ふすた船」
秀吉の来訪目的/ポルトガル沈没船、フッガー商会の銅/フスタ船の購入交渉/伴天連追放令/名護屋への各国船の到来/名護屋来航のカンボジア船

第五章 大戦争で、硫黄が最大の利権に
川中島の硫黄
森忠政を川中島に封じる/上杉から川中島を奪った三成/なぜ森忠政は川中島を得たのか
上杉謙信と川中島の硫黄
謙信、秘伝書を授けられる/川中島の硫黄はどこに運ばれたか/リーフデ号漂着と関ヶ原の合戦
改易、領地召し上げ、小早川秀秋の場合
漢城進撃と稷山の戦い/明軍の唐津到着/蔚山の戦いと秀吉の激怒/小早川秀秋の減封事件/博多町衆の進物/戦績報告の再吟味
水銀入手の問題
銀精錬法の革新/水銀は誰が運んできたか/戦争は終わったが

第六章 平和の海の構築へ
家康の全方位貿易戦略
朝鮮との和議/御朱印貿易の精神
スペインとの国交
家康の平和/サン・フェリペ号漂着
家康のスペイン外交模索とウィリアム・アダムズ
イギリスによるマニラ・ガレオン襲撃/カルヴァリン砲の入手

第七章 家康のフィリピン外交
関東寄港の要求
ジェズスの書簡/造船技術者の招聘依頼/メキシコとの交易/カンボジアの硝石
水銀、鉱山技術者、メキシコ
大久保長安と水銀輸入/浦賀―アカプルコ貿易路
三浦按針の活躍
エスピリット・サント号の漂着/小サンティアゴ号の来航/アダムズが案内/アダムズ、マニラへ
水銀は、運ばれたか?
イエズス会への補償/オランダvs.ポルトガル/総督の来日/水銀輸入の合意/貿易で繁栄を/バラストとして積載?/サン・ブエナ・ベントゥーラ号の建造/鉱山技術の問題

終章 家康の平和

本書関連年表

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2026年9月26日

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