書評
『戦国日本の資源戦略-秀吉・家康が求めた鉛、硫黄、硝石』(中央公論新社)
覇を唱える前に備えた知恵の数々
戦国時代について語るとき、有力大名の統率力、判断力、人格的魅力がよく挙げられている。そのかわり、戦の勝敗を左右する戦略物資に向ける視点が往々にして欠落しており、軍需品の調達が指揮官の資質として注目されたこともほとんどない。中世の後半になると、世界が大きく動き出した。十五世紀末、ヨーロッパでは火器の性能が大きく向上し、最新鋭の戦艦も造られた。南蛮貿易に伴い、日本にもそうした新兵器がもたらされ、大名のあいだの勢力図を大きく変えた。
なかでも大砲は戦いの行方を左右する兵器である。イエズス会はキリシタンになった大名でなければ大砲などの武器を原則として提供しない。大友宗麟は、島津義久との合戦の直前に洗礼を受け、大砲と弾薬を入手して戦いに備えた。宗麟の入信はキリスト教への関心によるものだと見られがちだが、重兵器の調達という実益も絡んでいた。
島原を領する有馬晴信もまた同じだ。晴信は最初キリスト教に好意的ではなかった。ポルトガル船に鉛や硝石を供給してもらうために、洗礼を受けた。
天下争いのなかで、徳川家康の深謀遠慮は本書の最大の見どころである。家康は一介の弱小大名としていかにして強力なライバルを打ち負かし、征夷(せいい)大将軍の地位に上り詰めたのか。その鮮やかな逆転劇は政治手腕、軍事作戦、人生哲学などさまざまな面から論じられてきたが、鉱物資源の一点に絞ったのは本書が初めてであろう。
群雄が乱戦しているとき、家康が最優先に考えたのはまさに武器弾薬の調達である。海上作戦を見据えて、スペイン人の造船技術者を招聘(しょうへい)し、関東で西洋式帆船を作らせようとしたし、大坂の陣を前にしてイギリスから最新兵器のカルヴァリン砲やオランダのセーカー砲を購入した。
もっともこだわりを見せたのは硝石の確保だ。小牧・長久手の合戦の後、軍事的に優勢の家康が兵を引いたのは秀吉に頭を下げたのではなく、輸入硝石に頭を下げたという指摘は計算上手の家康の心のうちを見抜いて鋭い。征夷大将軍になった後、家康がカンボジアからの輸入を試みたのも、調達先の多角化を図るためだ。
そうした戦略資源を手に入れるには膨大な資金が必要なのはいうまでもない。その軍資金の工面にも明確な戦略があった。家康はむやみに領地を拡大するのではなく、輸出の主力商品である銀や硫黄の産地を勢力下に置くことを最大の目標にした。当時、アマルガム法という、水銀を使った銀の精錬技術が用いられている。銀の増産をはかるためには、日本に産出しない水銀の輸入が不可欠だ。御朱印貿易の目的は日本の銀、硫黄、刀剣の輸出による資金獲得のためだけでなく、水銀の入手も大きな目的の一つであった。
明の海禁もあって、硝石をはじめ鉱物の取引は密貿易が絡んだ場合が多い。通関記録はほとんど残っておらず、当事者のあいだの書簡をはじめ、イエズス会やポルトガル、スペイン方面の資料にわずかな手掛かりを求めるしかない。史料の断片を推理の糸で丁寧に縫い合わせることによって、物語としての戦国史はいよいよ面白さを増してきた。
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