書評

『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)

  • 2018/02/22
落語家 昭和の名人くらべ / 京須 偕充
落語家 昭和の名人くらべ
  • 著者:京須 偕充
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(271ページ)
  • 発売日:2012-02-20
  • ISBN-10:4163749403
  • ISBN-13:978-4163749402
内容紹介:
紙上東横落語会。芸のツボ、名人の素顔、とっておき演目。

個性と技量、人間臭さに肉薄

これはなんとも、なつかしい本である。

場違いな譬(たと)えに聞こえるかもしれないが、評者はこの本を読んで古きよき時代の、つまり1950年代から60年代にかけての、ハリウッド映画の俳優たちを思い出した。

当時の映画は、今はやりのCG、VFXに頼る大艦巨砲主義の作品ではなく、俳優個人の個性とわざを活(い)かした、味のある作品が主流だった。ここに登場する落語家は、時代的にも質的にもそれと共通し、対応する雰囲気があるように思われる。

評者も、子供のころから寄席が好きで、父親に連れられて今はなき人形町〈末広〉に、しばしば足を運んだものだ。したがって、本書に取り上げられた名人の高座は、最年少の志ん朝をのぞき、すべて生で見聞きしている。しかし、著者の落語に対する熱意と傾倒ぶりには、同世代ながらとても及ばない。

志ん生の八方破れ。圓生の端正。文楽の格式。三木助の話芸。小さんの飄逸(ひょういつ)。志ん朝の切れ味。一言で表すのはむずかしいが、こうした6人の際立った個性を、鮮やかに説き明かした著者の力量は、並のものではない。しかも、落語家個人のエピソードにとどまらず、その得意とする演目の分析にまで、目配りをきかせているのが、うれしい。しかも、これら6人を別個に論じるのではなく、互いの関係を対比させたりもしており、当時の落語界の雰囲気が総体として、伝わってくる。

この本の身上は、「昔はよかった……」式の懐古趣味ではなく、落語家の個性と技量に加えて、その人間臭さに肉薄したところにある。レコード会社のプロデューサーとして、これらの名人と直接触れ合った経験が、過不足なく活かされている。

本書を読んだあと、志ん生の〈火焔太鼓(かえんだいこ)〉、圓生の〈鼠穴(ねずみあな)〉、三木助の〈芝浜〉などを今一度聞きたくなるのは、評者一人ではあるまい。
落語家 昭和の名人くらべ / 京須 偕充
落語家 昭和の名人くらべ
  • 著者:京須 偕充
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(271ページ)
  • 発売日:2012-02-20
  • ISBN-10:4163749403
  • ISBN-13:978-4163749402
内容紹介:
紙上東横落語会。芸のツボ、名人の素顔、とっておき演目。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2012年4月15日

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