書評

『『マルタの鷹』 講義』(研究社)

  • 2017/07/06
『マルタの鷹』 講義 / 諏訪部 浩一
『マルタの鷹』 講義
  • 著者:諏訪部 浩一
  • 出版社:研究社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(386ページ)
  • 発売日:2012-02-21
  • ISBN-10:4327377317
  • ISBN-13:978-4327377311
内容紹介:
なぜ『マルタの鷹』はハードボイルド小説の原点にして極北であるのか-ファム・ファタール、探偵小説史、戦争と死の消費、モダニスト・アンダーステートメント、偶然と不条理、アメリカ的イノセンス、都市と警察、ファルスといったキーワードを足がかりとして、不朽の名作に新たな光を当てる。『マルタの鷹』本文への詳細な語注を巻末に付す。

ミステリー分析 目からウロコ

中学生だった1950年代後半、初めて『マルタの鷹』を読み終わったときの高揚感は、今でも忘れられない。

当時は、ハメットの作品もハードボイルドというジャンルも、まだ市民権を得ていなかった。それが今や、歴とした英文学の専門家が、このような成果を発表する時代になった。評者としては、まことに感無量なものがある。

著者は、ミステリーのマニアとしてではなく、純粋に英文学者の立場から『マルタの鷹』を取り上げ、精密な分析を行った。それも、〈牛刀をもって鶏を割く〉式のものではなく、まさに大鷹相手の力戦といってよい。

本書は、『マルタの鷹』の1章分に原則として1講を当て、全20章を23講で説き明かす。評者は、久しぶりに『マルタの鷹』の原書と訳書を手元に置き、対照しながら本書を読み進んだ。評者もこの本を、若いころから繰り返し読んだ口だが、それでも目からウロコの指摘に何度も出くわし、大いに蒙(もう)を啓(ひら)かれた。

著者は軽くしか触れていないが、評者が子供心にもっとも心を動かされたのは、しばらく姿を消していた依頼人の美女ブリジッドが、アパートにもどった探偵スペードに駆け寄り、しがみついてくるシーンだった。この、胸を締めつけられるような場面があればこそ、直後の受け入れがたい結末が、より強烈な衝撃を生むのである。

ラストで、スペードが真犯人を相手に振るう長広舌は、今読み返すと言わずもがなではなかったか、という気もする。次作『ガラスの鍵』の最後で、主人公の賭博師(とばくし)ネド・ボーモンが、友人マドヴィッグの愛する女を連れ去るとき、ボーモンに一言も弁明させなかったのは、ハメット自身もそこに忸怩(じくじ)たる思いが、あったからではないのか。

となれば、著者には『ガラスの鍵』についても、ぜひ新たな講義をお願いしたい、と切望せずにはいられない。
『マルタの鷹』 講義 / 諏訪部 浩一
『マルタの鷹』 講義
  • 著者:諏訪部 浩一
  • 出版社:研究社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(386ページ)
  • 発売日:2012-02-21
  • ISBN-10:4327377317
  • ISBN-13:978-4327377311
内容紹介:
なぜ『マルタの鷹』はハードボイルド小説の原点にして極北であるのか-ファム・ファタール、探偵小説史、戦争と死の消費、モダニスト・アンダーステートメント、偶然と不条理、アメリカ的イノセンス、都市と警察、ファルスといったキーワードを足がかりとして、不朽の名作に新たな光を当てる。『マルタの鷹』本文への詳細な語注を巻末に付す。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2012年5月6日

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