書評

『僕はマゼランと旅した』(白水社)

  • 2017/08/20
僕はマゼランと旅した / スチュアート・ダイベック
僕はマゼランと旅した
  • 著者:スチュアート・ダイベック
  • 翻訳:柴田 元幸
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2006-02-28
  • ISBN-10:4560027412
  • ISBN-13:978-4560027417
内容紹介:
シカゴの下町を舞台に叙情とユーモア、それに乾いたノスタルジーを織りまぜて描かれたダイベックの連作短篇集『シカゴ育ち』は、訳者柴田元幸氏がかねがね「これまで訳した中でいちばん素晴ら… もっと読む
シカゴの下町を舞台に叙情とユーモア、それに乾いたノスタルジーを織りまぜて描かれたダイベックの連作短篇集『シカゴ育ち』は、訳者柴田元幸氏がかねがね「これまで訳した中でいちばん素晴らしい本」と自ら評してきた。柴田氏は、本書『僕はマゼランと旅した』の「訳者あとがき」冒頭で『シカゴ育ち』について、「次作がこれ以上素晴らしいものになりうるか不安を感じさせるほどだった」と書いている。だが続けて訳者は、本書が「そうした不安がまったくの杞憂だったことを証明する」出来栄えだと記す。
前作から実に14年を経て発表された本書は、まさに質量共に『シカゴ育ち』をはるかに凌駕した、息をのむ傑作である。前作と同じくシカゴの裏町を舞台に、「歌」に始まり「ジユ・ルヴィアン」で締めくくられる11の短篇からなるが、これはもう連作短篇という枠を超えたひとつの神話的小宇宙と言っていいだろう。
いくつかの作品では著者自身を思わせる語り手の「僕」と弟のミックが重要な役割を果たすが、2人を取り巻く登場人物たちの個性が実に魅力的である。彼らはある短篇では脇役として現れ、別の短篇では主役として登場する。たとえば「歌」に出てくるレフティ叔父さんは、幼い「僕」を酒場から酒場へ連れ回して歌を歌わせるアル中気味の元ジャズマンとして簡単に紹介されるだけだが、「マイナームード」という短篇では彼の少年時代が回想され、最後の短篇では高校生になった「僕」は彼の葬儀から帰る途中だ。このように、人も物(ルートビア、開かれた消火栓etc.)も、そして町も、すべてが様々な状況で繰り返し登場し、その幾たびもの出現によって深い意味を帯びる。ダイベックの語りの技は冴えわたり、読む者は時に可笑しく、時に辛く、そして言いようもなく懐かしい世界に激しく引き込まれる。
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」

大勢の人間の声が共鳴しあう連作短篇集

あー、すごい。いー、すごい。うー、すごい。えー、すごい。おー、すごい。あ行すべてを使って褒めあげたい傑作がスチュアート・ダイベックの『僕はマゼランと旅した』なんであります。世の中には“何を書くか”にこだわる、つまりテーマや物語に力点を置く作家もおられますが、オデはどっちかっつーと“いかに書くか”、すなわち文体や技巧に心を砕く作家がより好み。ところで、文体っていうのは、一人称視点で書かれた小説の場合、語り口と称されることが多いんですが、オデはそれを“声”と呼びたいの。で、その声も、できれば単声ではなく複数の声が響きあう多声タイプであっていただきたいの。そんな贅沢を小説に望んでる四十四歳独身蟹座のA型なんですの。

というわけで、魅惑のミラクルボイスを発するダイベックの連作短篇集をおすすめする次第。音楽の才能豊かだったのに朝鮮戦争従軍の経験で何かが決定的に損なわれてしまったレフティ叔父さん。叔父さんの肩に乗せられ、酒場を歌って回り小銭稼ぎをしていた〈僕〉の子供時代から青年時代までを十一の短篇で綴ったこの一冊の中には、たくさんの個性的な声が響きわたり、共鳴しあってるんです。基調をなしているのは語り手〈僕〉の声だけど、やんちゃな弟のミックやしみったれてる父親をはじめとする家族の声、友達の声、ガールフレンドや恋人の声、主人公の周囲にいる大人たちの声など、大勢の登場人物の声がいろんなトーンで聞こえてくる小説になってるんです。

おまけに、短篇同士が緩やかな関係を持ち、それぞれの声が別の物語の声と呼応しあい、最後に置かれた一篇が冒頭に置かれた一篇へとつながっていく、そんな巧みな構成を持ったこの連作集には、さまざまなジャンルの物語の愉しみが詰まってるんですの。少年小説、青春小説、家族小説、恋愛小説、都市小説、ノワール小説。つまり、お買い得ってことだすわね。だすわよ。オデがとりわけ感心したのは、〈僕〉が直接登場しない一篇「胸」だなあ。クレイジーな殺し屋の昏く甘やかな声に、膝を痛めた元覆面ルチャドール(メキシコのプロレスラー)の温かな声と、レフティ叔父さんも常連だった酒場の主人の思慮深い声が重なって、見事なノワール小説になってるんですの。

人生の様々なシーンで生まれる忘れがたい瞬間を、大勢の人間のポリフォニックな声によって、生き生きと蘇らせるダイベックの小説。好きだなあ、こういう小説。売れてほしいなあ、こういう小説こそが。みんな、買ってよお、よおよおよおっ!

【この書評が収録されている書籍】
正直書評。 / 豊崎 由美
正直書評。
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:学習研究社
  • 装丁:単行本(228ページ)
  • 発売日:2008-10-00
  • ISBN-10:4054038727
  • ISBN-13:978-4054038721
内容紹介:
親を質に入れても買って読め!図書館で借りられたら読めばー?ブックオフで100円で売っていても読むべからず?!ベストセラーや名作、人気作家の話題作に、金、銀、鉄、3本の斧が振り下ろされる。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

僕はマゼランと旅した / スチュアート・ダイベック
僕はマゼランと旅した
  • 著者:スチュアート・ダイベック
  • 翻訳:柴田 元幸
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2006-02-28
  • ISBN-10:4560027412
  • ISBN-13:978-4560027417
内容紹介:
シカゴの下町を舞台に叙情とユーモア、それに乾いたノスタルジーを織りまぜて描かれたダイベックの連作短篇集『シカゴ育ち』は、訳者柴田元幸氏がかねがね「これまで訳した中でいちばん素晴ら… もっと読む
シカゴの下町を舞台に叙情とユーモア、それに乾いたノスタルジーを織りまぜて描かれたダイベックの連作短篇集『シカゴ育ち』は、訳者柴田元幸氏がかねがね「これまで訳した中でいちばん素晴らしい本」と自ら評してきた。柴田氏は、本書『僕はマゼランと旅した』の「訳者あとがき」冒頭で『シカゴ育ち』について、「次作がこれ以上素晴らしいものになりうるか不安を感じさせるほどだった」と書いている。だが続けて訳者は、本書が「そうした不安がまったくの杞憂だったことを証明する」出来栄えだと記す。
前作から実に14年を経て発表された本書は、まさに質量共に『シカゴ育ち』をはるかに凌駕した、息をのむ傑作である。前作と同じくシカゴの裏町を舞台に、「歌」に始まり「ジユ・ルヴィアン」で締めくくられる11の短篇からなるが、これはもう連作短篇という枠を超えたひとつの神話的小宇宙と言っていいだろう。
いくつかの作品では著者自身を思わせる語り手の「僕」と弟のミックが重要な役割を果たすが、2人を取り巻く登場人物たちの個性が実に魅力的である。彼らはある短篇では脇役として現れ、別の短篇では主役として登場する。たとえば「歌」に出てくるレフティ叔父さんは、幼い「僕」を酒場から酒場へ連れ回して歌を歌わせるアル中気味の元ジャズマンとして簡単に紹介されるだけだが、「マイナームード」という短篇では彼の少年時代が回想され、最後の短篇では高校生になった「僕」は彼の葬儀から帰る途中だ。このように、人も物(ルートビア、開かれた消火栓etc.)も、そして町も、すべてが様々な状況で繰り返し登場し、その幾たびもの出現によって深い意味を帯びる。ダイベックの語りの技は冴えわたり、読む者は時に可笑しく、時に辛く、そして言いようもなく懐かしい世界に激しく引き込まれる。

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初出メディア

TV Bros.

TV Bros. 2006年4月1日

多彩な連載陣のコラムが人気のポップカルチャーTV情報誌。豊﨑由美氏の書評コーナー「帝王切開金の斧」が好評連載中。

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